第18話 暴徒と守り手
「おい、待て! 逃げるな!」
夕暮れの街路に、若い騎士の怒声が響いた。朱に染まった石畳を蹴って、ふらつく足取りのまま路地を駆けるその視線の先――、一人の男がマントを引きずりながら逃げていた。
アランの足が止まる。朱に染まる空の下、さっき見た光景と同じものが――まるで悪夢の続きのように広がっていた。
──麻薬中毒者だ。
西陽が傾く王都の通りには、ただならぬ空気が漂っていた。叫びながら荷台を叩く者、路上の樽を蹴り倒す者。肌は蒼白に乾き、目は虚ろ。通りには狂気のうめき声が満ちている。
「見えたんだ……光の道が……!」
「空が裂けたんだよ、笑ってたんだ……神の、顔が……!」
意味のある言葉なのに、まるで理性が宿っていない。
そして――
そのうちの一人が、通りの只中でナイフを振りかざした。
アランの身体が反射的に動いた。
「危ない、下がってろ!」
叫びながら人の波をかき分け、剣を抜く。暴徒の手には、粗末な刃。それでも、十分に命を奪える凶器だった。
「止めんなよォ! 俺は見たんだ、光の先をなァ!」
アランの剣が、振り下ろされる刃を受け止める。硬い衝撃が腕を貫き、頬にかすり傷が走った。
振り払うのではなく、柄を叩き込む。腹部に鈍い衝撃を受けた男が崩れ落ちると、強い薬草臭と熱気が立ち上った。
「……これは、ただの暴動じゃない!」
通りのあちこちに、中毒者と思しき者たちがいた。壁を爪で引っかき、笑いながら泣き叫ぶ。まるで見えない“何か”から逃げているようだった。
――その時。
「……やれやれ。無茶ばかりする」
静かに届いた声。振り向けば、そこにいたのは長身の少年、レオン・ヴァルトハイト。冷たい銀の瞳が、倒れた男とアランを見てわずかに眉をひそめる。
「また一人で突っ込んだのか?」
「止められなかったんだよ!目の前で誰かが傷つけられるのを、さ……」
アランの肩が微かに震えていた。恐怖ではない、ただどうしようもない“やるせなさ”だった。
レオンは溜め息をついて、アランの肩に軽く手を置いた。
「判断自体は正しい。だが、次は俺にも声をかけろ。……無茶して死んだら意味がない」
「でも、やってみなきゃ、わかんねぇだろ!」
やがて衛兵たちが騒ぎを察知して集まり、暴徒を拘束し始めた。鎧の軋む音と中毒者のうわ言が交錯する中、街はゆっくりと平静を取り戻しつつある。
だが――
アランもレオンも、その静けさに妙な違和感を覚えていた。
「なあ、レオンやっぱり増えてるよな?」
「ああ。数も、症状も。幻覚、興奮、意味のない暴力……これは偶発じゃない」
「何かが、連動してるってことか」
通りの空気はざらついていた。風の匂いが、どこか焦げ臭い。
アラン
「よし、明日もダンジョンだ!ごちそうさん、ミーナ!」
ミーナ(笑顔で)
「うん、いっぱい食べて――」
(ふっと声が小さくなる)
ミーナ
「……ちゃんと帰ってきてよ」
アラン(聞こえず)
「ん? なにか言った?」
ミーナ(笑顔に戻り)
「また来てね♪ 次はサービスしちゃうかも!」
(アランが出ていったあと)
ミーナ(ぽつり)
「…“ごはん作るから帰ってきて”じゃ、理由にならないかな」