第74話 過去が語る真実
ラグナの声が、震えるように響いた。
「記録が……動き出したわ!」
次の瞬間、装置の上に淡い光が走り、空間に巨大な投影が浮かび上がる。
光の中に立つのは――八つの紋章。
その中央に刻まれていたのは、見慣れたはずの王国の紋章だった。
それは、神聖リヴァレス王国の“誕生”を記した、失われた建国の記録。
光の帳の奥で、白衣を纏った賢者たちが並び、八家の祖たちが剣を掲げる。
そして、その中心に――ふたりの人影があった。
一人は金の瞳を持つ青年。
もう一人は、漆黒の髪を持つ少女。
「――リヴァレスの名を掲げ、民の象徴たる王となる」
「強者の証たる八家の血と共に、この国を築くと誓おう」
その誓いの声と共に、光が揺らぐ。
やがて赤が滲み、映像は歪んだ。
次に映し出されたのは――炎に包まれた王座の間だった。
剣が交わり、血が飛び散る。
「裏切り者はルミヴォークにあり!」
「我々が何をしたというのだ! 嵌められたのだ!」
断罪の叫びが響く。
そして、一つの家が“罪”を負わされた。
旧帝国の崩壊――その全ての責任を背負わされ、ルミヴォーク家は追放される。
残された七家は王に膝を折り、忠誠を誓い、やがて“七騎士団”となった。
光が弾けるように途切れ、静寂が訪れた。
ラグナが深く息を吐く。
「……つまり――王家の始祖は、オーガストレイの弟と、ルミヴォークの娘の子孫……。
二つの血が交わり、“奇跡の血統”が生まれた。……この国の根源は、それだったのね。」
その言葉に、誰もすぐには口を開けなかった。
崩れた石壁の向こうで、古代装置の残光が脈打っている。
まるで、いまも過去そのものが彼らを見下ろしているかのように。
アレンが拳を握りしめ、押し殺した声で問う。
「――それが“隠された真実”だとして……何の意味がある? 今さら誰が得をする?」
レオンは沈黙したまま、アランの方を見た。
アランの瞳の奥で、淡い金の光が揺れている。
血の記憶――それはまるで、“王が帰る道”を思い出したかのようだった。
「ルミヴォーク……まさか、宰相がその末裔……?」
アレンがかすかに呟く。
「誰が……何のために、この混乱を生んでいるんだ……?」
その問いに、ラースが低く応じた。
「アレン、信じたくないのはわかる。だが――宰相がルミヴォーク家の血を継いでいるなら、すべての辻褄が合う。
……俺たちの先祖が、こうした“裏切り”を仕組んでいたのなら、報復は当然だ。カルモンテ家だけじゃない。いずれ全ての騎士団が狙われる。」
レーネが静かに呟いた。
「朱猿騎士団への断罪も……“正義”ではなく、“復讐”だったということですね。」
アレンは苦々しく吐き捨てた。
「宰相は――国を、自分のものにしようとしている。
過去の怨嗟を使い、“新しい歴史”を作るつもりだ。」
「でも……今までの国の、何が不満なんだ?」
アランが、納得のいかぬように問う。
「努力して、ここまで登り詰めたはずじゃないのか?」
レオンはゆるやかに首を振った。
「理屈じゃないさ。
権力は、人を変える。
長い年月をかけて、恨みと欲望が入り混じり……“神になりたい”と錯覚するんだ。」
ラースが苦笑を漏らす。
「止める、か。……もう遅いかもしれん。
“仮面の兵”――あれは宰相が造り出した人間兵器だ。
そして、ラトールの件も……奴の仕業だ。
地下組織〈コヴォルファクト〉も、すべて宰相の指揮下にある。……俺たちは、気づくのが遅すぎた。」
「なっ……ラトールって、あのときの!?」
リィナが声を上げる。
「じゃあ……あの事件も、最初から宰相の仕組んだものだったっていうの!?」
重苦しい沈黙が訪れた。
夕暮れの光が遺跡の瓦礫を照らし、空気の中に淡い塵が舞う。
真実は暴かれた。だが、その光は、これまで信じてきた全てを焼き尽くすほどに――眩しかった。
“王が帰る道”――先ほど口にしたその言葉が、今になって意味を帯び始めていた。
そのとき。
大地が、微かに鳴った。
最初は、遠い地鳴りのようだった。
だが次第に、それは装置の中心から響く異音へと変わっていく。
光を失ったはずの魔導装置が、再び不気味な赤い脈動を放ち始めた。
「……何だ?」
ハルクが顔を上げる。
ラグナが操作盤を覗き込み、険しい表情を浮かべた。
「制御反応……誰かが、外部から干渉してる!?」
次の瞬間、空気が爆ぜた。
風が逆流し、遺跡の入口に影が揺らめく。
それは、黒衣と仮面の集団――。
先ほど退けたはずの、裏ギルドの兵たちだった。
「チッ……やはり来やがったか!」
ボリスが鍋盾を構え、前に出る。
リィナは素早く縄を手に取り、周囲の通路を見渡した。
その数、前回の倍以上。
彼らはもはや命惜しさを捨てた目をしていた。
「……死に場所を求めてる顔だな。」
アレンが剣を抜き、低く構える。
彼らが守ろうとする“真実”を、闇が塗り潰そうとしていた。