第71話 血と硝煙の果てに
土煙がようやく晴れ、静寂が遺跡を覆った。
アランは剣を下ろし、荒い息を胸いっぱいに吐き出す。
背後で、アレンがふらつきながらも立ち上がった。
「ギリギリの戦いだった……」
そう呟きながら、アレンは鎖を取り出し、倒れ伏したラースの両腕に巻きつける。
かつては鉄のように硬かった岩の肉体は、今やひび割れ、もはや抗う力を残していなかった。
「ラース団長……なぜ、こんなことを」
アレンの声には、震えが混じる。
ラースは荒い息を吐きながら口端を歪め、薄笑を浮かべた。
「フン……桜虎のガキが、立派に副団長様になったもんだ」
ひと呼吸置いて、低く続ける。
「だがな……俺たち朱猿は反乱なんざ企んじゃいねぇ。――宰相ゼグラートに嵌められたんだ」
「……宰相に?」
アレンの瞳が揺れる。
「ああ。奴は王国を内側からひっくり返そうとしている。俺たちはその誘いを断った……それが罪だった。
“反乱の汚名”を着せられ、仲間は斬られたんだ」
ラースの声には、怒りよりも深い悔恨の色が濃く漂う。
「俺たちは何も悪くない。朱猿騎士団は、誇りのために、民のために戦ったんだ。
――あの日、村を焼き、民や仲間を殺したのは宰相に靡いた裏切り者……元朱猿の副団長ゼフィナだ。
おそらく“団長にしてやる”とでも唆されたんだろう。出世欲の強い、真面目な馬鹿だったからな」
ラースは血に濡れた歯を見せ、苦笑するように吐き出した。
「だがな、問題はそこじゃねぇ。なぜ俺たちが狙われたのか、宰相が何を企んでいるのか――なぜそこまで国家転覆に固執しているのか。
本当に重要なのは、そっちだ」
彼の濁った瞳に、確かな炎が残っていた。
「騎士団だろうが盗賊だろうが関係ねぇ。強い者が弱い者を守る――それは当たり前のことだ。
この心だけは忘れちゃならねぇ。俺たちが“賊”と呼ばれようと、民の虐殺や無意味な戦争が迫っているのなら……止めなくちゃならねぇだろ! 違うか、レーネ! オーガストレイのガキども!」
その叱咤の声に、遺跡の壁も微かに震えた。
レーネが一歩前に踏み出す。
「……あの時、仲間が斬られ、確かに悔しかった。けれど、だからって逃げていいんですか?
あのまま騎士団に残っていれば、まだ出来ることがあったんじゃないですか。ラースさんが残ってくれたなら……私は力になれた」
揺れる思いを押し出すように、アレンも問いを投げる。
「ラースさんが……本当に知りたかった“真実”って何なんですか?」
ラースはひとしきり笑い、血を吐くように答えた。
「この遺跡の最深部に答えがあるはずだった。……だがな、秘宝を奪っても最後の扉は開かなかった。これが俺の結末だ。無様だろ、笑えよ」
「そういうことか……」アランが小さく呟く。
「領主の秘宝が“鍵”だったから……盗みに入ったんだな」
深い沈黙が場を包む。瓦礫の匂い、まだ残る煙の熱、そして戦いの余韻。
誰もが疲弊し、しかし目の前の真実に心を揺さぶられていた。
アレンの肩がわずかに震え、レーネは両手を握り締める。
そしてアランは、剣先を下げたまま、ただ静かに立っていた――
戦いは終わった。しかし、次に立ちはだかるのは、まだ明かされぬ国家の闇。