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第69話 瓦礫を裂く兄弟

瓦礫の山の中から、ラースがゆっくりと立ち上がった。


全身を覆う岩が異様に膨張し、隆起した筋肉があらわになる。腕は丸太のように太く、背は倍近く伸び、顔の輪郭はもはや人間のものではなかった。


血走った眼光、剥き出しの牙が光を反射する。


「グオオオォォォッ……!!」


轟く咆哮に、大地が震え、瓦礫が崩れ落ちる。戦場全体が揺れ、砂塵が舞う。


その姿はまるで土塊でできた巨猿。圧倒的な存在感で、目の前の空間を支配していた。


「……体が……巨大化してる……」


アランの声が、震えと共に漏れた。手が自然と剣を握りしめるが、体が硬直する。


「これが……団長の、本当の《血統因子》……!」


アレンは苦悶の声を絞り出す。胸を押さえ、血の滲む肩を気にしながらも、視線は弟から離さなかった。


ラースは地面に拳を叩きつける。轟音とともに地面が割れ、砕けた岩片が舞い上がった。


「俺を倒せると思ったか、桜虎の小僧どもォ! これがカルモンテの《真の山猿》だ!」


周囲の大地が波打つように盛り上がり、戦場そのものがラースの肉体と同調してうねる。砂塵と岩片が空気を裂き、双子の足元を不安定に揺らす。


「兄さん、下がれ……!」


アレンの声が割れるが、既に彼の身体は巨腕の振り下ろす直撃範囲内。


ラースの巨腕が振り下ろされた瞬間、大気が爆ぜ、圧力で地面が陥没する。岩片が飛び散り、鋭い音が戦場を裂く。


「危ない!」


アランが叫ぶ。その声と同時に、衝撃波が押し寄せる。アレンは必死に剣を交差させて受け止めるが、圧力に抗えず体が宙に吹き飛ばされた。


次の瞬間、轟音とともにアレンは瓦礫の壁に叩きつけられる。岩が崩れ、砂煙の中で弟の影が沈む。


「アレン! 大丈夫か!?」


胸を締めつける焦燥と怒りで、アランは全力で駆け寄る。だがその視線の一瞬の隙を、ラースは見逃さなかった。


「甘いぞォ、桜虎ァ!」


再び咆哮が轟き、大地を蹴り砕く。瓦礫が飛散し、地鳴りが耳をつんざく。


《崩猿跳》――大地を裂き跳躍する突進が、アランを狙って一直線に迫った。振り返った時には、岩塊のような拳が目前に迫る。


「ッ――!」


大気を裂く轟音、地鳴りとともに衝撃波が全身を叩く。怪物と化したラースの一撃が、アランを呑み込もうとしていた。


アランの剣先が光を帯びる。跳躍、斬撃、魔力の奔流——全身の力を振り絞り、双子の絆を信じて、彼はただ一つ、立ち向かう覚悟を固めた。


瓦礫の間を蹴り、跳び、回避しながらも、迫る巨腕と衝撃に全身が悲鳴を上げる。胸に焼き付く焦燥感と恐怖。だが、アレンが無事でいること、共に戦えることが、アランの心に僅かな光を灯した。


「兄さん……まだ、俺たちは負けちゃいない……!」


その声と共に、アランの刃が振り下ろされ、迫る巨体と光がぶつかる。瓦礫と衝撃波が舞い、戦場はさらに混沌を極めた――。


ドッガーン——!

瓦礫が雨のように降り注ぎ、戦場をさらに混沌へと変えた。


砂塵と破片の嵐の中から、アレンが立ち上がる。身体は血に塗れ、足取りも覚束ない。それでも、かすかな力で兄の隣に立とうとする姿に、アランの胸が締め付けられた。


「アレン!」

アランは全力で制止の声を張り上げる。

「もういい。お前は下がってろ。お前は……この先も国を守るんだろ。俺は冒険者だ。代わりなんざ、腐るほどいる。」


だが、アレンの瞳が烈火のように燃え上がった。

「……ふざけんなッ!」

その叫びは瓦礫と衝撃波にかき消されず、戦場の空気を震わせた。冷徹な副団長の仮面が、血と砂埃で剥がれ落ちた。


「またそうやって――俺たちの前から、いなくなるつもりかよ!

 兄貴は……いつも一人で背負って、勝手に消えて……!

 俺だって、守りたいんだ! 兄貴をッ!」


アランの胸を鋭く突き刺す言葉だった。瞬間、彼の手が僅かに震える。

「……アレン……」


アレンは血に濡れた手を伸ばし、かすかな力で兄の背を押す。

「でも――立てない。俺は、もう動けない。だから……」


その手の温もりと力強さに、アランは一瞬立ち止まる。

「だから兄貴、任せた。ラースを止めてくれ。お前しかいない。」


アランは振り返らなかった。ただ、静かに剣を握り直し、弟の言葉を胸に刻む。

「……黙って見とけ。俺がやる。」


砂煙の向こう、岩の巨躯が高笑いを響かせた。

「ガハハッ! 血塗れの兄弟愛か! だがどちらも、俺の拳に砕かれる運命だ!」


戦場に轟く笑い声と共に、瓦礫の下でアレンが苦悶の息を吐く。だが、目は兄を見つめ、全身に残る力で小さく拳を握りしめた。


アランの眼が細く光る。その瞳には怒りと覚悟、そして双子の血統が宿る。

刹那、戦場の空気が変わった——。

血統因子が脈打つたび、周囲の岩塊や瓦礫が微かに震え、砂煙の向こうで高笑いするラースの姿さえも、重厚な圧力に押されて揺らぐ。


アランは拳のように固く握った剣を構え、沈着に呼吸を整えた。胸の奥で、アレンの信頼と兄弟の絆が熱く燃える。

「……来い、ラース……今度こそ止める!」


その声が、瓦礫と砂煙の戦場に、静かな怒涛のように響き渡った。

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