第68話 変わり始めた心
その時だった。目の前の大地が爆ぜた。
ラース・カルモンテが跳躍と共に地を砕き、崩れた破片を巻き上げながら突進してくる。大地が裂け、砂塵と石片が舞う中、彼の巨体はまるで生ける岩塊のようだった。
「《崩猿跳》!」
轟音と共に衝撃波が広がり、地割れが戦場を縦横に走った。倒れたままのレーネが後方へ吹き飛ばされるのを、アレンが咄嗟に受け止める。
「ラースさん!」
「元仲間も関係ないのか……! それでも元騎士団長かよ!」
アランは血の滲む肩を押さえながらも、剣を抜き放ち前へと踏み込む。その剣先に、彼の意志の固さが宿る。
「兄さん!」
アレンが割り込むように駆け込み、剣を交差させてラースの一撃を受け止める。衝撃が腕を通して背骨を揺らし、地面に砂利が飛び散った。二人がかりでようやく支えられるほどの圧倒的な力。
「はっ、二人がかりか……随分と甘えた戦い方だな!」
ラースは岩盤のように硬化した筋肉を誇示し、唇に笑みを浮かべる。《岩猿装》の発動により、その全身は岩石を纏った巨獣のように変貌していた。
「兄さんは左に!」
アレンの指示にアランは瞬時に跳ぶ。視界を裂く岩の棘が乱立する中、跳躍の軌跡で衝撃をかわす。
「《大地猿陣》……逃げ場はねぇぞ!」
盛り上がった地面が二人を囲い込み、逃げ道を塞いでいく。砕けた岩片が飛び交い、空気を切る音が耳を刺す。
「ならば――正面突破だ!」
アランが叫び、剣に魔力を込めた。その光は血のように赤く、剣の刃先で弾ける。アレンも短く息を吐き、刃を交差させるように構える。双子の魔力が共鳴し、戦場に奔流の光が走った。
「はああああっ!」
同時に放たれた斬撃が岩壁を切り裂き、ラースの懐へと食い込む。だが、ラースは怯まない。
《地纏いの守陣》に覆われた巨体は衝撃を吸収し、血の一滴すら許さない。衝撃波が二人を押し戻すも、互いに目を合わせて再び前へ踏み込む。
「小僧どもがぁ――!」
ラースが再び地を砕き、跳躍しながら突進してくる。巨体が迫るその重さに、通路全体が唸りを上げる。
アランとアレンは視線を交わす。言葉は不要だった。呼吸を合わせ、心を通わせるだけで、次の動きが自然に決まる。
兄弟の剣が交差し、衝撃を受け止めつつ、互いの背中を預けるように体勢を補正する。光と魔力の奔流が辺りを照らし、砂塵と岩片が舞う戦場の中で、双子の意志だけが揺るがず輝く。
「……行くぞ、アレン!」
「任せて、兄さん!」
息を合わせて踏み込み、二人の刃が奔流となってラースを穿つ。岩をも切り裂く閃光が巨体の胸を貫き、衝撃でラースの体が後方へ弾き飛ばされた。砕けた岩壁に叩きつけられ、岩片の雨が戦場を洗う。
アランは剣を握ったまま、荒い呼吸を整える。
「やった……か?」
「いや、まだだ。」
アレンが冷静に告げる。背後の瓦礫の中から、禍々しい気配が噴き上がる。ラースは立ち上がり、岩の塊を巻き込むように腕を振るう。双子は瞬時に距離を取り、連携を保ったまま攻撃をかわす。
「今だ、兄さん! 回り込む!」
アレンの指示でアランは跳躍し、空中で魔力を集中させた。アレンも瞬時に斜め後方から接近、二人の剣が一つの意志で輝く。
「これで……終わらせる!」
放たれた双子の斬撃は、奔流のように絡み合い、岩の防壁を切り裂き、ラースの巨体に食い込む。
振動が通路全体を揺らし、瓦礫が崩れ落ち、砂塵が舞う。
だが、ラースは微動だにせず、岩の巨体を誇示したまま立ちはだかる。
「小僧ども……まだまだ甘い!」
再び跳躍して迫るラースに、アレンが前方で剣を構え、アランが背後で魔力を込める。
兄弟の協力は完璧で、互いの動きを補完しながら巨体に立ち向かう。
双子の剣が交わるたび、衝撃が周囲に響き渡る。岩片が飛び散り、衝撃波が通路を揺るがせ、戦場全体がまるで生き物のように唸った。
「ラースさん……俺達は、負けねぇ!」
「そうだ、兄さん!」
互いに声を掛け合い、刃を重ねる度に魔力が共鳴し、奔流の光が戦場を切り裂く。
重厚な戦闘の中で、双子の連携が、圧倒的な力を前にしても揺らぐことはなかった。
そして、瓦礫の中から再びラースの禍々しい気配が立ち上がる――。
戦いは、まだ終わらなかった。