第64話 仮面に刻まれた死線
総勢、五人。
全員が異なる仮面をつけ、装備も魔力の系統もばらばらだった。
だが共通していたのは、その気配――。
まるで人の形を借りた刃物そのもの。生き物特有の呼吸や鼓動すら感じられない。
レオンが吐き捨てるように言った。
「……“仮面”の連中か」
アランが怒りを込めて叫ぶ
「あの時はよくも、なんなんだこいつら……!」
「裏ギルドの暗殺者。 まともにやり合えば、生きて帰れる保証はない」
アレンが顔をしかめる。
「なぜ裏ギルドがここに……!」
最前列の仮面が、無機質に指を立てた。
「任務:特別騎士団の抹殺。ラースの確保は不要」
「開始する」
瞬間、五人が同時に動いた。
黒雷が結界を砕き、幻術が空間を歪ませ、精神干渉が脳髄を締め上げる。
剣が閃き、槍が突き、風の刃が空気を裂いた。
「くっ……守れ!」
アレンが叫び、クローナが前へ躍り出る。
「来る……ッ!!」
金属音が乱舞し、光が弾けた。だが押し寄せる速さと重さは、騎士団の想定を遥かに超えていた。
「数……じゃない……質が違うッ!」
クローナが悲鳴のように叫ぶ。
オリヴァーが盾を構えるが、その巨躯ごと吹き飛ばされ、石壁に叩きつけられる。
「ぐ……ッ!?」
イダスの結界もまた、黒雷に貫かれてはじけ飛んだ。
「……っ、ここまで……!? 以前対峙した“仮面”の比じゃない……!」
レオンの顔色が蒼白になる。
「前に遭った奴らは……ただの駒だった……! こいつらは……“本物”だ……!」
仲間たちの必死の抵抗にもかかわらず、仮面の者たちは無傷のまま一歩、また一歩と迫ってくる。
その姿は、攻撃を受けてすら“痛み”を理解していないかのようだった。
ラースがその光景を睨み、苦々しく吐き捨てた。
「……やっぱり来やがったか。“精鋭”の仮面部隊……。
裏ギルドの中でも、こいつらは別格だ。命令があれば仲間すら殺す。……いや、それだけじゃねぇ」
彼の目が、一瞬だけ怯えたように揺れる。
「……あいつらは“人”じゃない。作られた兵器だ」
その言葉に、アレンの喉が凍りついた。
仮面の一人が、感情のない声で告げる。
「感情は不要。任務こそが存在理由」
次の瞬間、再び嵐のような殺意が一斉に降りかかる――!
レーネがラースの隣に駆け寄り、肩を掴んで震える声を漏らした。
「なぜ……こんな連中が遺跡に……!? 何を……何を狙って……」
その問いを嘲笑うかのように、仮面の一人が静かに口を開いた。
「“起動核”は要監視対象。……それ以外は不要。排除する」
無機質な声に重なるように、空気が一変する。
圧し掛かるような殺気。呼吸するだけで肺が裂けそうな、濃密な死の圧力。
「くるぞ……!」
アランが歯を食いしばるよりも早く、仮面の刺客が音を断ち切る跳躍で迫った。
黒雷の稲光と幻影がまとわりつき、四方から同時に襲いかかる。
「っしゃあああ! 防ぐのが俺の役目だッ!」
ボリスが喉を裂くような雄叫びを上げ、仲間の前へ躍り出た。
巨大な鍋盾がぶつかる寸前に構えられ、その表面に赤熱する魔術文字が浮かび上がる。
「《精神耐性展開――厚釜式》ッ!!」
ドンッ、と鈍い衝撃が遺跡全体を揺らした。
仮面の一撃が弾かれ、火花と衝撃波が炸裂する。
「跳ね返し……成功ぉっ!!」
だが、ボリスの腕は痺れ、盾を支える脚が震えていた。次を受ければ立てない――その事実を本人が一番わかっている。
「今よ、レオン!」
リィナが鋭く叫ぶ。
すでに詠唱を終えていたレオンの声が重なる。
「——《幻界投影・多重像迷宮》!」
蒼い魔法陣が空に開き、遺跡全体が揺らぐように屈折した。
一瞬にして仮面の刺客たちの動きが止まる。
「……っ、視界が……!」
「敵影、複数……位置が……重複……っ!」
仮面の兵士たちが困惑の呻きを漏らす。
レオンの幻術は、彼らの知覚に直接干渉し、何重にも残像を映し出す。
上下左右、ありえぬ角度に無数のアランたちが現れ、敵の刃は標的を見失った。
それでも、仮面たちの殺気は一歩も揺らがない。
幻影を見破るまでの時間は、ほんのわずか。
仲間たちは、その刹那を命懸けで繋ぎ止めていた。




