第63話
動きに一切の迷いはなかった。かつての憧れが、今では超えるべき“敵”になったことを、自分自身に言い聞かせるように。
「……やはり、そう来るか」
ラースがゆっくりと振り返る。
その表情は、どこか誇らしげですらあった。
「……だがな、アレン。止められるかよ……お前に、俺を」
次の瞬間、ラースが鋭く指を鳴らした。
「囲めッ!」
遺跡の側廊から、盗賊団員たちが一斉に雪崩れ込む。
オリヴァーが咆哮を上げ、盾で敵をなぎ払い、クローナが剣を振り抜く。
「くそっ、数が多すぎる……!」
クローナが叫ぶ。
「イダス、援護を!」
「っ、《展開防陣――守護の円環》!」
魔法陣が地面に描かれ、防御結界が張られる。
だが押し寄せる盗賊団の数と練度は、明らかに通常の山賊とは異なっていた。
元騎士団員。旧朱猿の戦士たち。
「くっ……っ、押されてる……!」
アレンも剣を振るいながら、ラースを睨み続けていた。
だが彼を狙う敵が次々と襲いかかり、その動きを阻む。
ラースは言った。
「お前はまだ“迷ってる”。……それじゃ届かねぇよ、アレン」
その刹那——
遺跡の入り口付近から、新たな気配が駆け込んできた。
「おーい! 間に合ったか!? 遺跡で大騒ぎって、どういう状況だよっ!」
豪快な声とともに、鍋盾を構えたボリスが先陣を切る。
「中央、押さえるッ! アラン、行け!」
続いて、風のような影が走る。
リィナの罠符が敵の足元で炸裂し、包囲が一時崩れる。
「遅れた分は、しっかり稼がせてもらうよ……っと!」
そして、氷の詠唱が遺跡の空気を一変させる。
「——《氷脈解放・深淵凍結》」
レオンの詠唱とともに、床下から冷気が奔り、盗賊たちの足を凍てつかせた。
「な……なんだ……この魔力は……!?」
騒然とする中、最後に現れたのは、ひときわ鋭い眼差しの少年だった。
血の滲む肩を押さえながらも、彼はまっすぐ前を見ていた。
アラン。
彼の剣に、淡い蒼の魔力が再び灯る。
「アレン……!」
アレンが目を見開く。
兄の姿。負傷してなお前へ出ようとする、その背に。
(やはり……兄さんには、“力”がある)
そして、アランの眼もまた、ラースを捉えていた。
「……お前が、ラースだな」
その言葉に、ラースがゆっくりと剣を抜いた。
「面白くなってきたな。兄弟揃って、俺を止めに来るとはな……」
激戦は、ここからが本番だった。
遺跡の奥で剣戟が響き渡る中——
突如、空間がひやりと凍りつくような気配が走った。
「……っ、魔力の気配が変わった……!?」
イダスが眉をひそめ、結界を再調整する。
天井近くの石柱の上、黒い影が静かに立っていた。
その影は、滑るように飛び降り、砂の音すら立てず着地する。
顔には白と赤の異様な仮面。
仮面の奥からは、感情のない声が響く。
「アレンと言ったか……」
「!?」
「ラースを止められないとは……“宰相”殿の見込み違いだったかな?」
アレンが振り返り、咄嗟に剣を構える。
「貴様は……!」
その瞬間、天井から、床下の罅から、横の通路から——
同じ仮面を被った刺客たちが、次々と姿を現す。