第62話
跡の奥、崩れかけた石柱の前。
騎士団と盗賊団の剣戟が響く中、二人だけの空気があった。
アレンが剣を下げ、じりじりとラースににじり寄る。
ラースはそれを笑って迎えた。かつての団長の顔に、今は鋭く深い皺が刻まれている。
「へぇ……桜虎のガキが、俺に指図するなんてな」
低く、掠れた声に嘲りが滲む。
「偉くなったもんだ。副団長だって? “特別騎士団”の看板を背負って、誇らしいか?」
アレンは言葉を返さない。
ラースはさらに踏み込んだ。
「……お前の悪名、俺の耳にも届いてるぞ。任務成功率100%。
どんな犠牲も躊躇わずに“結果”を取る……冷徹な鉄の騎士。宰相の飼い犬。
どうした?図星か?」
アレンの瞳が揺れた。そして、声を振り絞った。
「ラースさん……あなた、本当は……優しい人だった」
「……」
「誰よりも国を愛し、仲間を思って戦ってた。俺は、そんなあなたに憧れて……尊敬してました」
アレンの剣先が、わずかに下がる。
「……反乱を起こしたなんて、いまだに信じてません。
ただ……間違った道を選んでしまっただけだって、今でも……!」
ラースは数歩、アレンに近づく。
砂塵の奥に、朽ちた石像の影が揺れる。
その眼光は、かつて副団長であった男に向けられたものではなかった。
まるで、時代そのものを睨んでいるようだった。
「……まだ話が通じるやつなのか。ちっとは安心したぜ」
ラースは剣を抜かない。ただ、言った。
「だったら……俺を見逃せ。見逃してくれ、アレン」
その声音には、諦めにも似た感情がにじんでいた。
だが――その眼は、決して揺れていなかった。
「……おかしなことを言ってるのは、わかってる。
だが……それでも、進むしかねぇんだよ。もう引き返せないところまで来ちまったんだ」
アレンの喉が鳴った。息が詰まる。
剣を握る手が、かすかに震える。
「……ラースさん……」
交差するまなざし。
その刹那、背後から響いたのは部下の叫びだった。
「団長!見つけました、これです!遺跡の最新部に繋がる扉――!」
アレンの視線が跳ねた。
ラースはそれを遮るように、一歩を踏み出す。
「……もう一度だけ言う。俺のことは、見逃してくれ」
彼は剣を抜かぬまま、アレンの横をすれ違おうとする――
「……俺のことは、見逃してくれ」
そう言い残して、ラースはアレンの横を通り抜けようとした。
だが——
その背に、鋭く風を切る音が走る。
チャッ。
鞘から鋼が抜かれる、冷たい音。
「……できません」
アレンの声は低く、そして確固たる意志を帯びていた。
「あなたが、どんな理由で動いていようと……今この場で逃がすわけにはいかない」
ラースの足が止まる。
その背に、アレンが剣を向けていた。