第61話 砂漠に響く破砕音
そのときだった。
遺跡の入り口 乾いた石組みが陽光に白く浮かぶ静寂を、まず風が切り裂いた。空気が一瞬止まり、遠くの地平線まで届くような、低く重い音が腹に染みこんだ。
誰もがそれがただの風ではないと直感した瞬間、レオンの声が裂けた。
「アラン! 爆発だッ!!」
レオンの言葉が落ちるより早く、遺跡の門が内側から弾けた。
最初は小さな破裂音いや、それは錯覚だった。
瞬間、牙をむいた衝撃が四方に跳ね返り、黒煙の柱が一斉に噴き上がる。
石片が空を裂いて舞い、光が一瞬、眩く裂けた。
耳鳴りが鼓膜を押し、熱が顔を焼いた。
砂粒が刃のように頬を叩き、口の中に鉄の味が混じる。
視界は真っ白になり、目の前の景色が砂のヴェールに消えていった。
「伏せろォ!!」
ボリスの怒声が爆風の向こうからぶつかってきた。
彼の体が反射で飛び出し、巨大な鍋の盾で仲間をかばう。
鍛え上げられた腕が、吹き飛ばされそうな者たちを押さえつける。
アランは刹那、腕に走る痛みと砂の感触を確かめながら、体を低く沈めた。
アレンは後方でぐらりとよろめき、剣を握り直す指先に力を込めていた。
中景では、騎士たちの列が一斉に乱れた。
号令が飛び交うが、土煙のせいで声は千切れ、誰に届くかわからない。
門柱の根元が崩れ、一本が轟音とともに傾く様は、見開いた目にすら遅れて届いた。
地面がゴォンと低く鳴り、砂漠全体が一度息を飲んだように揺れた。
「な、なんだ!?」
「爆発……!罠か!?」
「待機部隊、全員散開!第二陣、右側の崖を確認しろ!」
指揮は混乱の中で断片的に続く。
だが、混乱の隙間を縫うように、別の動きが現れた。
砂煙の中、黒い布が流線のように走る──数人の影が低く、素早く遺跡へと向かっていた。
近づくにつれ、その輪郭が盗賊の黒装束だとリィナの目が告げる。彼女は瞬時に顔を細め、低くうなった。
「なっ……侵入者!?」
「ちがう、あれ……!」
「盗賊団だ――遺跡に向かってる!」
影は群れを成して、瓦礫を縫うように進む。
遠景で見れば、砂嵐の中で小さな人影が群れを作り、まるで砂そのものが意思を持ったかのように動いている。
遺跡を囲む輪郭が振動で歪み、広い砂漠の静謐が一点の破壊で割れたことが、遠くの丘の影にも伝わった。
「おい!お前ら、何をしている! あれを止めろ、追いかけろ!」
アレンが叫び、目の前の瓦礫を蹴って飛び越す。イダス、クローナ、オリヴァー
名を呼ばれた騎士たちが続くが、土煙で歩が鈍る。
視界を失い、敵か味方かの判別が遅れる中、アランは一瞬、後方で剣を固く握るアレンの背を見た。
その背中には、――今決着を付けるべきかという静かな問いが寄せられている。
だが彼の視線はすぐに下り、握った剣先に定めを戻した。
(弟との決着は――いずれまた。今は、俺たちのやるべきことを)
「俺たちも行くぞ!」
そう言うと、アランは仲間とともに砂塵の中へ駆け出した。
近景での足跡はすぐに風にかき消されるだろうが、中景の乱戦、遠景の揺らぎ
すべてが一つの潮流となって、遺跡と砂漠を呑み込もうとしていた。




