第60話
その戦場の中心で、アランとアレンの視線が交差していた。
二人だけが、動かない。
「お前が、アラン・オーガストレイか」
アレンが低く呟く。蒼銀の髪が風に揺れる。
アランは一歩踏み出し、返す。
「あんたが……アレン。特別騎士団の副団長か」
「この混乱の中で、あえて問うが……もし俺が、今ここで“兄”を斬ると言ったら?」
「俺は、ただの冒険者だよ」
アランが剣を構える。
その姿に、どこか昔見た幻影が重なる。
アレンの手が剣の柄にかかった、その瞬間——砂が跳ねた。
抜刀音すら聞こえなかった。
アランは紙一重で身を捻り、鋼の一閃をかわす。
直後、背後の岩壁に斬撃が叩きつけられ、表面がえぐられる。
「遅い」
アレンの声は、感情のない氷のようだった。
すぐさま二撃目が来る。
剣が横薙ぎに振るわれると同時に、足で砂を蹴り上げて視界を塞ぐ。
アランは刃の軌道を読む前に、防御より先に飛び退いた。
剣筋が重い。速い。
だがそれ以上に、読めない。
(……こいつ、戦い慣れてる)
間合いを詰めようとした瞬間、逆にアレンが踏み込んできた。
反応が遅れる。
「っぐ……!」
アランの肩口に斬撃がかすった。血が飛び散る。
「剣筋も、構えも甘い。正面からでは一合ももたないぞ、兄さん」
その呼び方に、アランの心臓が跳ねた。
だがアレンは畳みかける。
連撃、踏み込み、フェイント。
鋼が火花を散らし、空気を裂く。
防戦一方の中、アランはようやく反撃の構えに入る。
「……そうか。あんたが……弟なのか」
その一瞬の迷いが、さらに隙を生む。
アレンの剣が、今度はアランの脇腹を裂いた。
「っ……!」
膝が折れかける。しかしアランは倒れない。
痛みの奥で、何かがうごめいていた。
(戦え。俺は……こんなところで負けるわけには……)
視界の端に、仲間の姿がよぎる。
レオンが戦況を見守り、リィナが罠を張り直している。
ボリスの背後には、傷を負ったレーネの影。
仲間を守るために。
その意思が、胸の奥に火を灯した。
「……なら、一つ、試してみようか」
アランが低く呟いた。
右手の剣に、僅かな魔力の火が灯る。
それは蒼白い光。炎でも雷でもない。
何か、もっと古く、根源的なもの。
アレンの目が鋭くなる。
「……! 今の魔力は……」
アランが踏み込む。初めて、アレンの間合いに入る。
振るう剣は、まだ荒削りだ。
だがその斬撃に宿る力は、たしかに“血”の力だった。
「くっ……!」
アレンが後退する。斬撃の余波で地面が裂けた。
砂が巻き上がり、風が唸る。
「その力……やはり、あなただ……兄さん」
アレンの瞳に、はじめて動揺が走る。
だがアランは、歯を食いしばっていた。
肩の傷が痛み、視界は滲む。
それでも、足を止めない。
「本気で……戦えるわけ、ないだろ……弟相手に……!」
叫ぶように振るった剣が、アレンの剣と正面からぶつかる。
金属音が、砂漠に響き渡る。
二人はほぼ同時に後退した。
息を荒げながら、距離を取る。
その間、わずか一瞬。