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第57話

灼けつく砂が風に舞う。

 空に雲ひとつなく、太陽は容赦なく砂丘を焼いていた。

 その地に、ひときわ異質な静けさがあった。

 ——旧帝国時代に建造されたとされる、漆黒の石で築かれた遺跡。

 風化した装飾の狭間に刻まれた古代文字は今も不気味な光を帯び、

 何者の侵入も拒むように、頑なに口を閉ざしていた。

 その前に、十余の影が並ぶ。

「封鎖線、異常なし。周辺、魔力の揺らぎも確認されず」

 銀蛇騎士団のルナードが、低く冷静な声で報告する。

 目元の鱗痣が陽光を反射し、僅かに光った。

「よし。全員、配置を維持」

 副団長アレン・オーガストレイが頷く。

 蒼銀の髪が風に揺れ、その瞳はまっすぐ遺跡の入口を見据えていた。

 朱猿騎士団の解散に伴い、各騎士団から精鋭が選ばれて結成された臨時部隊――特別騎士団。

 団長ゼフィナ・クロスウィンドは今回、不在。指揮は副団長であるアレンに一任されていた。

「おお、俺たち、こうして並んでるだけでも画になるな。まさに砂上の騎士たち、ってな!」

 涼やかに笑って髪を撫で上げたのは、藤鷹騎士団のユリアン。

 どこかナルシストめいた振る舞いだが、その瞳は周囲の動きに油断なく光っている。

「喋ってる暇があるなら、日よけを整えておけ。脱水で倒れられては困る」

 白牛騎士団のオリヴァーが、ずしりと地に足をつけて言った。

 鍛え抜かれた腕が、水袋を仲間に配っている。

「……日差し、強いですけど……まだ耐えられます……」

 黒亀騎士団のイダスが、おっとりとした声で答えた。

 小さな盾を日傘代わりにしながら、淡く笑っている。

「クローナ、装備点検は済んでるか?」

 アレンが問えば、小柄な金馬騎士団の少女がきびきびと頷いた。

「はい、副団長。……若干、剣の柄が滑りやすいので、巻き直しを」

「よし、確認を頼む。何があってもいいようにな」

 一方で、黒衣の男が一人、遺跡から離れた位置で隊列を崩さぬよう佇んでいた。

 元・朱猿騎士団所属のルード――通称ルー。

 その眼差しは、隊の規律の奥に何かを探るように光を帯びていた。

 (ラース様……指示通り、今のところ遺跡は開いていない。外部からの侵入者もなし。だが、これは……)

 砂漠の陽は容赦ない。その中で、旧帝国の遺跡を囲むように、十数名の騎士たちが不穏な空気を孕みつつ警戒を続けていた。

「ったく……こんな砂漠のど真ん中に、寄せ集めで放り込まれるとはな」

 藤鷹騎士団のユリアンが、乱れた前髪を手で整えながら鼻で笑う。

 「精鋭」とは名ばかりの混成部隊——彼はそう感じていた。

「寄せ集め、ね……そう言うお前は、まともに日除けも張れなかったが」

 銀蛇騎団のルナードが鋭く返す。声は冷たく、感情の起伏はほとんどない。

「それはスタイルの問題だ、ルナード君。砂まみれになって見目が悪くなれば、士気も下がるだろう?」

「くだらん。敵に殺られれば、それで終わりだ」

「は、あーうるせえ……今は静かにしててくれ……水が腹に溜まりすぎて、跳ねると苦しい……」

 白牛騎士団のオリヴァーが座り込んで腹をさすっている。

 体格は騎士団随一だが、胃は意外と繊細らしい。

「食いすぎるからよ。……オリヴァー、さっき三人前持ってってただろ」

 クローナが呆れたようにぼやくが、その声にも若干の苛立ちが混じる。

「む、む……悪いな……でも鍛えた体は燃費が良くてな……」

「訓練の前に分量の管理を覚えた方がいいと思います」

 黒亀騎団のイダスが、微笑みながらぽつりとつぶやいた。

「——ははっ、こりゃひどい。これで連携しろって方が無理ってもんだな」

 ルード(元朱猿騎団)が、小声で皮肉るように言う。

 周囲には聞こえぬようにしたつもりだったが、耳ざとい者はいた。

「聞こえてんぞ、ルー。あんたも“元”朱猿だろ。言われる側だ、今は」

 ユリアンが目を細めて、わざと軽く言い放つ。

「……今は潜入中、か」

 レーネの名を思い出しながら、ルードは応じなかった。

 そこに、アレンがようやく声を発する。

 だが彼の言葉にも、どこか抑えた苛立ちがあった。

「……連携が取れないのは自覚してる。それでも俺たちは“今だけ”でも、同じ団の騎士だ」

 その言葉に、誰もすぐには応えない。

「命令に従えない者は——ここで退いてもらって構わない」

 アレンの瞳が静かに、だが強く全員を見据える。

「……冗談きついな、副団長殿」

 ユリアンが乾いた笑いをこぼす。

「俺たち、仲良くお手々つないで突入って柄じゃないけど——」

「それでも命令には従うさ。騎士だからな」

 ルナードが続けると、ユリアンも肩をすくめて言った。

「ま、連携なんてものは、必要になったときに学ぶもんさ。実地で、な」

 沈黙が、砂の音に紛れて流れる。

 やがて、誰ともなく視線が遺跡へと向く。

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