第54話
南へ向かう砂の街道。その片隅に、小さなキャラバン隊が身を寄せていた。
「……なんか、風、強くなってないか?」
荷車の後ろでボリスが顔をしかめた瞬間、突如、地平線が煙のように揺らめいた。
ざわ……ざわ……と砂を引きずる不気味な風。
その向こうから、いくつもの影が這い出してくる。
「砂嵐だ! 皆、車輪に布をかけろ! 荷を押さえろ!」
キャラバンの長が叫ぶが、その声すらかき消すような轟音が風と共に迫る。
「……違うな、これは自然の風じゃない」
レオンは帽子を押さえ、目を細めた。冷たい光がその瞳に灯る。
「魔力反応、散発的に拡がっている。……これは“幻影”だ」
その瞬間、砂塵の中から、無数の“牙の群れ”が現れた。
蛇のような胴体に、狼の頭。砂を泳ぐように進むモンスター《砂影のファルク》。
「数が多すぎる……!」
キャラバンの警備兵が剣を抜くが、影は触れた瞬間に消えた。
「見た目だけ……? でも、じゃあ、どこに本体が……」
「落ち着いて。これは群れの幻像。本物はひとつだけ――中心に潜んでいる」
レオンが手を伸ばすと、指先に淡い冷気が集まる。
「視覚に依存するな。空気の流れと魔力の波長を……感じろ」
彼の視界に、ひとつだけ波紋の“揺れ”が逆向きに浮かび上がる。
「見つけた。中央――あそこだ!」
次の瞬間、レオンの掌から冷気が走った。
円形に拡がる冷気は、砂の熱を奪い、幻像の輪郭を崩す。
そこに、リィナが飛び込んだ。
「わかった! あたしが行く!」
彼女のイヤリングが淡く光り、耳に風の震えと小さな魔力のうねりを伝える。
「いたわね……あんたが本体!」
足元から投げられたロープが、砂煙をかき分けて“見えない獣”の足元に絡みついた。
ギュッと結束が締まり、空中に黒い塊が現れる。
「よし、引っ張れ!」
ボリスがロープを引き、幻影の中から引きずり出されたのは、巨大なトカゲのような獣。
その口元には宝石のような魔石が埋め込まれており、そこから幻影の波が漏れていた。
「魔石の幻術……! 本体ごと捕らえれば発動も止まるはず!」
リィナがナイフでロープをさらに締め、魔石に狙いを定める。
「レオン、魔石ごと凍らせられる?」
「できる……はず。やってみる」
レオンは大きく息を吸い込んだ。震える手を止めるように、深く指を組み、冷気を集中する。
(これは、俺自身の魔術……)
「《冷静なる凍結陣》!」
青白い光が魔石を包み、次の瞬間、幻像が崩れ落ちた。
砂塵が止み、空が、晴れた。