第53話
陽が傾きかけた交易市で、リィナは目を細めた。
今日の目当ては、探索と罠解除に使える魔道具。それと、できれば何か“お宝”になりそうなもの。
「ったく、男どもはあんた任せで荷物番。レオンはまた本読んでるしさ」
ぶつぶつ言いながらも、彼女の目は鋭い。人々の足取り、声、商品の並び。すべてを盗賊のように観察する目だ。
そんな彼女の足が止まったのは、獣人たちが集う一角。陽よけ布の下に雑然と積まれた品々――名もなき道具、割れた器、焦げた布、錆びた剣の破片。
「処分品か……いい匂いがするわね」
彼女の鼻が利いたのは、“隠された価値”だった。
「見る目があるな、姐さん」
ヒョウのような斑毛を持つ中年の獣人商人が、腕を組んでニヤリと笑う。
「……あら、わたしまだ若いつもりなんだけど?」
軽口を返しつつ、リィナは品物に指を滑らせていく。重さ、材質、細工跡、焼け焦げの方向まで――経験で読み取る。
やがて、黒ずんだ筒状の物体に目を留めた。
「これ……初期型の魔導通話筒ね。外装が傷んでるけど、枠組みは生きてる」
「おお、わかるのか? だが芯水晶が死んでる。ただの鉄くずよ」
「芯水晶なら持ってる。交換すれば使えるはずよ」
商人が目を見開くと、リィナはさらに手を伸ばした。
一見ボロ布のような切れ端――しかし、繊維の編み込みに独特の光沢があった。
「これも頂くわ。擬態繊維。工房印が薄く残ってる」
「そいつらまとめて銀貨二枚ってとこだな」
「……じゃあ、こうしましょ。この装飾腕輪も引き取ってよ。見た目は立派だけど、ただの真鍮製。あたしの目からすれば、こっちの方がよほど使い道ある」
商人はしばらく黙ったまま、目を細めて彼女を見つめていた。
「ふむ……ただの旅人じゃねぇな、あんた」
「ありがと。まあ、色々あってね。見る目だけは養ったのよ」
リィナは軽く笑い、取引を終えると仲間の元へと戻った。
「リィナさん、それ、通信用の魔道具ですか?」
レオンがすぐに気づいた。彼はすでに筒の芯部を確認し、魔力の流れを検知していた。
「さすがね。あたしが狙ったのもそこ」
「……ついでに、そのイヤリングも新調しました?」
「見てるわねえ。感知系の雷晶を仕込んだやつよ。罠の気配や空気の振動、魔力の揺れなんかを増幅して感知できるって品」
「探索にうってつけですね。あなたらしい選択です」
「ありがと。ま、うまく使えれば、の話だけど」
彼女はそう言いながら、新しく手に入れた工具セットとロープの束を取り出した。
翌朝。
ギルドの中庭で、ハリスがロープを木にくくりつけ、笑いながら手招きしてきた。
「リィナちゃん、昨日の約束な。ロープ術、しっかり仕込んでやるぜ?」
「やれやれ、遊びじゃないんだから……でも、お願いするわ」
ハリスは器用に指を動かし、瞬く間に複雑な結びを作り上げた。引けば締まり、緩めればほどける。不意に相手の足を引っ掛け、倒すこともできる。
リィナはそれを横で見ながら、なるほど、と頷いた。
「これ、上手く使えば戦闘でも拘束でも応用が利きそうね。ありがと、ハリス」
「よしよし、感心してくれたら何よりさ。あとで腕試ししようぜ?」
その日の夕方。
一行が次なる探索地に向かう準備を整えている最中、リィナは小道にひとり佇み、新しいイヤリングに手を添えた。
微かな震動――遠くの風の音、人の足音、魔力の粒子。
「……なるほど、少しずつだけど、感覚が掴めてきた」
彼女は薄く笑った。探索者として、盗賊として、そして仲間の一員として。
地味な作業と交渉の積み重ね。それこそが、彼女の強さだった。
そして今――その積み重ねが、確かな力に変わりつつあった。