第51話 幻影修練──薄暮の稽古場にて
風が静かに揺れていた。夕暮れが近づき、赤く染まる空の下、レオンは一人、岩場の上に立っていた。
目を閉じ、精神を研ぎ澄ます。五感を一点に集中させて――“記憶”の中の像を呼び起こす。
「……リリア」
呟くと同時に、魔力が膨らんだ。空気が一瞬だけ張り詰め、世界が音を失う。
周囲が微かに歪み、風景が変わった。目を開けると、そこは古い書庫のような空間だった。
懐かしい香り。革と薬品と、ほんのり甘い花のような匂い。
その中央に――いた。
リリアが、佇んでいた。
白銀の髪が静かに揺れ、薄青のローブが月光を受けてきらめく。仮面はしていない。あのときと同じ、優しくも冷ややかな瞳が、レオンをまっすぐに見ていた。
「……また、会えたのね」
その声は、確かに彼女のものだった。だが、これは幻――レオンが自ら生み出したものにすぎない。
「……いや、違う。これは、ただの幻じゃない」
幻なのに、彼女の声が胸に刺さった。温度があった。感情があった。言葉に込められた想いが、記憶の再現を超えていた。
レオンは一歩、近づいた。
「あなたは、僕に教えてくれた。杖の構造、術式の精度、そして“心”で魔法を扱うこと……僕の魔法の礎を作ってくれたのは、あなたなんだ」
リリアは黙って彼の言葉を聞いていた。
「けど、最後は――僕があなたを倒した。それが答えだった。でも……それで、終わったと思ってたのに……!」
声が震える。拳を握る。
「終わってなかったんだ。僕は、まだあなたに――」
言葉に詰まる。
だがそのとき、リリアが、そっと微笑んだ。
「幻の中でも、あなたは問いかけるのね」
「……っ」
レオンは、ゆっくりと目を伏せた。そして、再び顔を上げ、かすかに笑みを返す。
「……幻の中でも、あなたは僕を導いてくれるのか」
リリアの幻影は、答えなかった。ただ、近づき、レオンの手にそっと手を重ねた。
――それは、確かに“触れた”感覚だった。
(感覚が……通じた?)
レオンは目を見開く。視覚、聴覚、そして触覚。幻影が“現実に近づいた”。
それは魔法の完成の兆しであり、同時に――リリアへの想いの、未だ残る形だった。
「ありがとう、リリア。……幻でも、あなたに会えてよかった」
リリアの幻影は、ただ微笑んでいた。
そして次の瞬間、風が吹き抜け、世界が再び砂の修練場に戻った。
――だがレオンの掌には、確かにまだ“誰かの温もり”が残っていた。