第50話
キャンプ地の一角。レオンは朝露に濡れた草地に座り、瞳を閉じて魔力の流れに集中していた。
「……見えるはずだ。次は“触れる”感覚だ」
彼が幻影魔法の実験に取り組んでいるのは、アランとの記憶共有から得た新たな着想によるものだった。幻影はただの視覚への干渉ではない。感覚すべてを欺く可能性があると――彼はそう考えたのだ。
最初の実験台は、いつもの通りボリス。
「おっ、ボリス。昼飯の時間だよ」
「まじっすか!? やったー!」
レオンが両手を掲げると、目の前に山盛りのごはん、肉の照り焼き、湯気の立つスープが現れた。
「いっただっきま――うわあああっ!?!?!?」
フォークが皿をすり抜け、空を切る。
「……ちょ、ちょっとレオンさん!? やめてくださいよ! 幻覚で腹は満たされねぇっすよ! 飯テロかっ!」
「……うーん、見た目は完璧なんだけどね。味と匂いはまだ難しいか……」
しょんぼりするボリスをよそに、レオンは手のひらに魔力を集め、今度は微細な冷気の粒子を放出した。
「……どう? 今の、触れた感じした?」
「なんか……ピリッと冷たかったっす」
「成功かも」
次の実験はリィナへのイタズラ。リィナがテントの外でパンをかじっていると、どこからか聞き覚えのある声が――。
「……リィナ、いつもありがとう。君のことが……好きだよ」
「――なっ、ちょっ……!」
顔を赤くして周囲を見渡すリィナ。その声は、彼女のすぐ横の空気から聞こえた。
「レオン、あんたねぇ……!」
「ごめん、実験なんだよ」
リィナは怒りながらも苦笑し、すぐに真顔になった。
「でも……いまの、“リリア”の名前、つぶやいたよね」
レオンの目が見開かれる。
「えっ……」
「ごまかしても無駄。あんた、気づいてたんでしょ? あの錬金術師が“正体を隠した何者か”だって」
レオンはしばし口を閉ざし、そして静かに語りだした。
「ラトールの調査で、彼女と出会った。リリア。最初はただの技術者だと思った。杖を調整してくれた。魔法の助言もくれた。冷たい態度だったけど、不思議と温かかった」
レオンの声が少しずつ熱を帯びる。
「でも……最後は敵同士だった。僕が勝って、彼女は去った。“もっと早く出会えていれば”って……言ってた」
「――恋ね」
リィナがぽつりと言う。
「え?」
「自覚ないのね。あんたも、アランも。ほんとに、似た者同士」
リィナは小さく笑いながらパンをもう一口かじった。
「けど……あんたの“幻”には、心がある。感情を映すから、私にもわかったのよ。あの人のこと、ほんとに大事だったって」
レオンは黙って空を見上げた。そこには、幻の告白とは違う、確かな想いが残っていた。