第49話
笑いが一段落したころ、アランとレオンはやや離れた岩陰に腰を下ろしていた。
「……おれ、さっき、無我夢中だった。けど、自分の魔法が、なんか……違ってた気がする」
アランは肩で息をしながら、砂を手ですくって落とした。
「間合いが消えていた。あれは、明らかに“鍛えたもの”ではない」
レオンは淡々と言った。「……おまえの内にあるものが、目を覚まし始めている。もしかしたら“血”に刻まれた何かかもしれない」
アランは眉をひそめた。だが、怖がる様子はなかった。ただ、確かめたいという意志だけがそこにあった。
「……試してみる価値はある。古代魔術書の解析から、ヒントを得たんだ。幻影魔法……記憶を視る術式」
レオンは腰のポーチから一冊の小型魔術書を取り出した。黒い革装に銀文字が刻まれたそれは、古代術式の断片を集めた研究書だ。
「いくぞ、アラン。精神の奥に触れる魔術だ。……痛みはないが、少し不思議な感覚があるはず」
レオンが静かに詠唱を始める。淡く青白い光がアランの額に触れ、記憶の奥へと彼を導いた。
──一瞬、世界が裏返る。
次にアランが見たのは、白い庭園だった。
優しく笑う男性が、ひざまずきながらアラン――幼い頃の自分――の額に手を当てていた。
《……おまえの力は、祝福でもあり、呪いでもある。けれど、おまえはきっと……》
そこまで言ったところで、幻影がふっと霧散した。
アランは息を飲む。
レオンもまた、隣で目を開けた。
「……いまの……おまえの父親か?」
「……たぶん、そう。けど、顔は……はっきり思い出せなかった」
アランの瞳は、まだ記憶の残像を追っていた。
レオンは静かにうなずく。「でも、わかった。いまの記憶……視覚の軌跡が、ちゃんと“投影”できていた。幻影魔法の基礎の感覚、掴めたかもしれない」
アランは微笑んだ。「じゃあ、おれのおかげだな」
「……ふん、まあな」
そう言って、レオンはわずかに口角を上げる。
夜風が、砂の地にひとすじの旋律を残して吹き抜けていった。