第48話
「来るぞッ!」
レオンの叫びとともに、魔導人形が轟音をあげて動き出す。六メートル超の巨体が砂地を踏み鳴らし、胸部の魔導コアが紫色に明滅していた。
制御盤は半壊し、起動音は不規則。けれど、出力だけは生きていた。
「完全に暴走してやがる!」
ハリスが腰のロープを解き、疾風のように駆け出す。砂塵を蹴り、巨体の脚部にしなやかに巻きつけ――
「いまっすよ、動くなよッ!」
ぎり、と歯を食いしばりながら身体を軸にロープを締め上げた。
しかし、魔導人形は構わず歩を進めた。
「なっ……ちょ、こいつ、力がっ……!」
ロープが軋む音の直後、金属の脚が力任せに振るわれ、ハリスは弾かれるように空へ飛ばされた。
「ぐはッ――!」
砂地に転がる彼に駆け寄ろうとしたラグナを、レーネがすぐに庇うように前に出る。
「下がれ、分析を! 戦うのは私たちだ!」
「……了解。制御盤は完全に壊れてる。コアの暴走に切り替わってる……!」
焚き火の灯りに照らされたラグナの眼鏡が光る。
「コアは胸部の内部。自爆装置の類は見当たらない……物理的に破壊すれば止まる!」
「了解!」
ボリスが鍋を盾のように構え、正面から魔導人形に立ち向かう。
「だったら、ここはオレが受け止めるっすよ!」
剛腕のゴーレムが拳を振り下ろす。
――ガァンッ!
鍋が火花を散らし、地面にヒビが走る。その衝撃を真正面から受け止め、ボリスは僅かに膝を折りながらも踏ん張った。
「アランくん、今っす!」
「任せて!」
ボリスの背を風が抜けた。
アランが走る。身体を弾丸のように加速させ――斬る。
風の刃が魔導人形の肩部を裂き、装甲がはじけ飛ぶ。
しかし、レオンの目はその戦いの“違和感”を捉えていた。
(……速い。いや、“速すぎる”)
風の加速が、常軌を逸している。ただの魔法ではない。“何か”がアランの動きを後押ししていた。
(間合いに“間”がない……これは――)
アランの双眸が、わずかに光った。風と共鳴し、斬撃の連撃が流れるように繋がってゆく。まるで意志を持つ刃のように。
“桜虎の血”――
その影響が、ついに顕現し始めていた。
「いっけぇぇえぇぇッ!」
鋭い突風の一撃が魔導人形の顔面を吹き飛ばす。だが、それでもゴーレムは止まらなかった。胸部のコアが脈動を続けている。
「もう一回っす!」
ハリスがロープを引き、再び足元に絡みつく。今度は動きの予測に合わせたタイミング。
「レオンさん、いまっす!」
「応!」
レオンが詠唱を終え、魔力の鎖を放つ。
「〈闇縛・連環牢〉!」
黒紫の鎖がコアを囲むように絡み、ゴーレムの動きが一瞬止まる。
「今よ、リィナ!」
レーネが叫んだ。
影のように走っていたリィナが、鎖の隙間を抜けて宙を駆けた。跳躍一閃――
「これで終わりッ!」
小型の爆裂杭を、コアの隙間に突き立てる。
――カン、と乾いた音。
そして、青白い光が弾けた。
コアが砕け、魔力の奔流が空へ散った。
魔導人形は、膝から崩れ落ち、動きを止めた。
魔導人形が崩れ落ちたあと、一行は砂の舞う静寂の中に立ち尽くしていた。
アランの肩が小さく揺れていた。息は整っているはずなのに、どこか余白のない“加速”の残滓が彼の周囲に滲んでいる。
その異変に、レオンとラグナがほぼ同時に視線を交わした。
「……アラン、おまえ、いまの……」
レオンが声をかけようとした瞬間、空気を読まぬひときわ明るい声が割り込んできた。
「……やっべ、歌わなきゃよかったっす……!」
頭をかきながらボリスが苦笑する。先ほどの戦いの引き金になった“漁師の歌”を思い出していたのだ。
「これもう歌禁止な!」
ハリスが冗談めかして笑いながら、ボリスの肩を軽く小突いた。
「まあでも、案外悪くなかったよ。……あんたの声」
リィナがちらと横目を向けて、わずかに口元を緩める。
「……そ、そうすか?」
ボリスは照れたように頬を掻いた。