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Libertas リベルタス ―困難を超え、自由を駆け抜ける少年の冒険―  作者: REI
第1章 「旅立ちの微風」王都リュミエール編
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第14話 狂気と、鉄の手入れ

王都リュミエールの街は、昼を過ぎても活気に満ちていた。

石畳を行き交う商人たちの声、屋台から漂う香ばしい匂い、遠く鐘楼の音。

だが、そんな喧騒の下に、かすかな異音が混ざっていた。


──ひゅう、と風のない路地で、笑い声がこだました。


「アハッ……見たか、俺の翼! 飛べるんだよ、今なら……ッ!」


アランとレオンがギルドへの帰路につこうとしていた時だった。

路地の影から、ひとりの男がふらふらと飛び出してくる。


痩せこけた体、焦点の合わない目、こめかみに浮かぶ汗。

白い粉が、破れかけた袖にこびりついていた。


「おい、あぶな──!」


男が子どもにぶつかりそうになる瞬間、アランは身体で割って入り、男を抱き留める。

暴れる腕を押さえつけ、必死に声をかけた。


「大丈夫か!? 聞こえるか──!」


だが、男はうわごとのように呟くばかりだった。


「飛ぶんだよ……天の檻が、開いたんだ……飛べる……」


「アラン、抑えてろ」


レオンは即座に通りの角を曲がり、近くにいた衛兵へと駆け寄る。


「この男、異常な状態です。幻覚作用の可能性があります。保護を──」


だが、返ってきたのは重たい溜息と無関心な声だった。


「また薬中か。診療所に運んでくれ。手が足りんのさ」


その言葉に、レオンは氷のような眼差しを向ける。


「──これが、この街の“日常”なんですか」


アランは通行人の助けを借りて男を路地に寝かせ、額の汗を拭った。

その手の中で、粉のついた衣服が、かすかに震えていた。


ふたりは無言のまま歩き出す。

だが心には、確かな“異質な何か”が刻まれていた。



ギルドに戻ると、受付に立っていたリゼットが顔を上げ、柔らかな笑みで出迎えた。


「おかえりなさい。下水の掃討依頼、どうだった?」


アランは肩にかけていた布袋を下ろしながら、少し誇らしげに胸を張る。

「スカーボーの群れ――かなり手強かったよ。

 数も多かったし、粘液で足元が滑るし……なかなか苦戦した」


隣でレオンが短く頷く。

「それに……あの下水、妙な植物が群生していた。

 粘液に侵食されて変異しているような……あれは、普通じゃない」


リゼットの笑みがわずかに消えた。

「スカーボーの“群れ”、それに“異常植物”……?」

カウンター越しに手元の記録書をめくりながら、彼女は眉をひそめる。


「……住処にされてる可能性があるわね。通常なら、あの区画にそこまでの個体数は現れないはず」


パタン、と書類を閉じる音が静かに響いた。

「これは一度、調査を入れた方がよさそう。上に報告しておくわ」


彼女の声には、柔らかさの中にわずかな緊張が混じっていた。


レオンが淡々と素材袋を差し出すと、奥の扉から革の前掛けをつけた男が姿を現した。


「ほう。帰ってきたと思えば、泥だらけじゃねぇか」


グラン・ザンバット。ギルドの武具係だ。

鋼のような腕に、眼光鋭い顔立ち。


「坊主、剣見せてみな。」

アランが慌てて剣を差し出すと、グランは鼻を鳴らしながら受け取る。


「…太刀筋はまぁまぁだが、手入れが甘い。そいつじゃ、刃も泣くぜ」


「任せとけ。明日までには切れるようにしとく、代わりはその辺から持ってけ」


「ありがとうございます……!」


「もう、武器の事になると熱くなりすぎてちょっと怖いわよね、グランさん」

リゼットが肩をすくめ、アランも少し笑みを浮かべた。


だがレオンはすでに視線を外し、小声で告げた。

「アレンちょっといいか?……寄るところがある。ノルマの店だ」



薬屋〈エンフィールドの調薬棚〉は、王都の裏通りにひっそりと佇んでいた。

棚には色とりどりの瓶、風に揺れる薬草、独特の匂い。

カウンターの奥に、ノルマ・エンフィールドが座っていた。


「その顔は、、何か持ち込んだね?」


アランが取り出した小瓶を見て、ノルマの目が鋭く細まる。


「これ……花粉に見えて、ただの花粉じゃない。嗅がせてくれるかい」


蓋を開けた瞬間、室内の空気が一瞬だけ変わった。

ノルマの眉がわずかに跳ね上がる。


「まさか、この甘ったるい匂いと色、幻花粉まぼろしばな。間違いない。古い薬学書でしか知らなかったが、実物を見るのは初めてだよ」


「幻覚作用があるのか?」

「ある。強い。吸い込めば、心を壊す」


アランが息を呑む。

「もしかして、あの男も、これが原因で?」


「可能性は高い。だが問題は、こんなものが“下水で自然に”繁殖してたことだ」


「誰かが撒いたってことか?」


「あるいは、管理されずに繁殖したか。だがこの植物は……元は南方の湿地帯でしか確認されてないけどね。」


「じゃあ──誰かが持ち込んだ?」

ノルマは黙ったまま、小瓶に蓋をして返した。

「気をつけることだね、あんたたち。今の王都は、“風通しが悪い”」


街へ戻ると、夕暮れの石畳を騒がしい声が割っていた。

「おい! 止まれッ、待て!」


若い騎士が、よろめきながら逃げる男を追っている。

その男もまた、目が虚ろで、笑いながら走っていた。


「まただ!」

アランが呟く。


レオンは静かに振り返る。

「兆しがある。なのに誰も気づかない。……いや、気づいても目を逸らしてやがる。」


アランは遠ざかる笑い声を追いかけるように走り出した。


王都の鼓動は、どこか乱れていた。

それは“騒がしさ”ではなく、“音の歪み”だった。


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