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第45話

王都東翼、騎士団本部の作戦室には、濃密な沈黙が立ち込めていた。

 地図上に並ぶ都市名のひとつ、オルフェスに赤い印が打たれている。周囲には、点在する小規模の盗賊拠点や、未踏の遺跡。近年、頻繁に発見される魔道の残骸。そのすべてが、この地に集まりつつあった。

 アレン・オーガストレイは、椅子にもたれながら言った。

「カルモンテ残党の捜索は続行中だが……妙だな。最近になって急に盗賊団の動きが活発になった。連中が一斉に“何か”を探し始めたとしか思えない」

「噂によれば、遺跡から“記録にない遺物”がいくつも消えてる。冒険者ギルドでも報告が相次いでいるわ」

 ゼフィナ・クロスウィンドが冷ややかに言った。紫の瞳が地図上の“砂の遺跡”を見据える。

「そして今になって、宰相殿からの“緊急命令”。オルフェス南の封印遺跡にて、かの家門が保有していた秘宝が奪われた。遺跡は完全封鎖、警備は特別騎士団に一任……妙ね」

「“妙”どころじゃない」アレンは低く応じた。「宰相家の秘宝なんて、そもそも存在を公にしていなかったはずだ」

 伝令役の若い騎士がうつむき加減で言う。

「……申し訳ありません、殿下。宰相殿よりの命令は、王命に準ずる扱いと通達が……」

「それは理解している」とアレンは穏やかに応じたが、その眼差しには警戒の色が宿っていた。

 その時、戦略班の副官の一人がそっと口を開いた。

「団長、副団長。遺跡の内部構造ですが……十年前の測量記録と、現地の魔力測定が一致しません。まるで、内部が“呼吸している”ような反応が観測されています」

「目覚めかけてる、ってこと?」とゼフィナは眉を上げた。

「ええ。何か……封じられた“力”が動き始めている可能性が」

 沈黙が落ちた。数秒のうちに、部屋の温度が下がったようにすら感じられた。

「アレン。あなた、感じてるわね?」

 ゼフィナがぽつりと言う。アレンは頷いた。

 胸の奥、深層の記憶の淵で、なにかがざわついている。

「カルモンテの残党が、遺跡を目指しているとすれば……ただの“復讐”ではない」

「遺跡そのものが、何かの起動装置なのかもね」

「あるいは――」アレンは低く続けた。「宰相は、カルモンテを“焚きつけて”いる」

 ゼフィナの瞳が鋭くなった。

「……つまり、囮にしてる? 残党を動かし、遺跡を開かせたうえで、回収する“何か”がある?」

 アレンは立ち上がった。

 外には、既に部隊が準備を整えている。魔導馬車、連絡騎士、特殊部隊、魔術支援部隊――動き出すには十分すぎる戦力。

「真相は、現地で確かめるしかない。行こう、ゼフィナ。俺たち特別騎士団は、“命令”に従うが……それがこの王国の害となるなら、目を背けるわけにはいかない」

「ふん。いいわ。目を見開いて行きましょう――あの遺跡の奥に、いったい何が眠ってるのか。全部、確かめてやる」

 騎士たちが整列し、号令とともに地響きのように動き出す。

 その足音が、やがて大陸の運命を揺るがすことになると、まだ誰も知らなかった。

月の光も届かぬ石畳の小道に、ひとつの影が立っていた。

 特別騎士団副団長、アレン・オーガストレイ。

 その前に現れた男は、ギルド関係者としては見慣れぬ顔。けれど、ただの伝令ではないことは一目でわかる。身のこなし、言葉の選び方、そして……目の奥の冷たい光。

「……お前が、俺を呼び出した“伝令”か?」

「いや、ただの伝令ではない。“宰相閣下”直属の者だ」

 男はフードを少し下げ、首元に刻まれた銀の紋章を見せた。

 失われた騎士団、“灰狼”の騎章だった。

「まさか」

「復活する。いや、“させる”。そのために、お前が必要だと見込まれた。副団長殿」

「言いたいことがあるなら、はっきり言え」

 男はふっと笑った。乾いた、温度のない笑みだった。

「お前の“兄”、アランとは会ったそうだな。奇妙な偶然だ。十年前に姿を消した彼が、今になって現れ、お前と同じ舞台に立つとは」

「それがどうした」

「命が下った。“始末せよ”と」

 その言葉に、アレンの背筋が硬直した。

「何を言っている」

「王家が秘匿していた“遺産”が動き出した今、不要な者は排除する。それが宰相閣下のご意向だ。“不要な血”が表に出て混乱を招くなど、あってはならぬ。理解できるはずだ、貴公なら」

「なんの関係がある。」

「成功すれば、“桜虎騎士団”は貴公が。団長の座も確約されている。名誉と権力が手に入る」

 アレンは、拳を握りしめた。

 口の中に、血の味がにじむほどに。

「……俺に兄を殺せと?」

「そう難しいことではない。遺跡の中は混乱する。冒険者の一団など、証言も残らぬ。あるいは、“彼の暴走”として記録すればいい」

「あいつが暴走するような理由がどこにある」

「誘導すればいい。“秘宝の力”を目にした者なら、誰であろうと正気ではいられまい」

 アレンはしばらく沈黙していた。

 だがその目に灯ったものは、氷のように冷たく鋭い光だった。

「……お前の伝言、確かに受け取った。宰相には、検討の旨を伝えておけ」

「……賢明なご判断を」

 男が去った後、アレンはゆっくりと口を開いた。

「“検討”すると言っただけだ。」

 夜風が吹く。

 それはまるで、彼の胸に巻かれた過去の鎖を引きちぎるかのようだった。

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