第42話
─二十年前。
王都郊外での反乱鎮圧作戦。
敵は、地方で独立的な自治を掲げ、貴族にも媚びず民に尽くした朱猿騎士団。
当時、若き軍参謀だったゼグラートは、彼らを危険因子とみなしていた。
(平等? 正義? ……絵空事だ)
ゼグラートの視線は冷ややかだった。
「民が“理想”を求めるとき、それを与える者が選ばれし者でなければならない。猿が群れて理想を語るな」
彼の下した命令は、斬首・焦土・情報封鎖。
表向きは反乱の鎮圧、実態は“選別に従わぬ騎士団”の抹殺だった。
戦火の中、ゼグラートはひとり、倒れ伏した朱猿団の副団長を見下ろしていた。
彼は血まみれの中で、なおも言った。
「おまえの正義は……鉄と鎖でしか民を繋げない……! 民は……おまえを、望んでなど……いない!」
その声に、ゼグラートの顔がわずかに歪んだ。
「望むかどうかなど、問題ではない。――導けるかどうかだ。選ばれし者だけが未来を定める」
夜の聖堂にて、紅猿の一同が立ち上がる。
今や伝説と化した“朱猿”の名を背負い、再び理不尽なる国家の心臓に牙を突き立てるため。
その影を、王都の高塔から、宰相ゼグラートが冷たく見下ろしていた。
「また吠えるか、赤き猿よ。ならば今度こそ、爪も声も、残さず潰すまでだ」
風が唸る夜、因縁の物語がふたたび幕を上げる。
夜の帳が王都を包み込む頃、静かに、だが確実に“それ”は始まった。
王城の奥深く、地下聖堂と呼ばれる禁忌の空間。
聖堂の壁には古の契約と神託を模した偽の紋章が刻まれており、その中央に、ゼグラート宰相は佇んでいた。
周囲に立つのは、〈選別局〉直属の者たち。元騎士、処刑人、かつての賢者、洗脳済みの子供兵──。
どこか人間の情を失った目をして、宰相の命をただ待っている。
ゼグラートの眼前には、厳重に封じられた魔導球と、それに付随する名簿の束があった。
それは、“理想の国家”を築くためにふさわしい人材を集め、ふさわしくない者を排除するための指針。
名簿には、魔力資質、血統、思想傾向、忠誠度、教育環境、戦闘適性などが網羅されていた。
「今宵より、“民”を選別する。
弱者ではなく、弱者を導ける強者だけを残せ。
腐敗した希望も、歪んだ善意も、理想の礎とはなりえん」
静かに告げるその言葉は、淡々と、そして氷のように冷たい。
選ばれし者たちはすでに集められていた。
魔力適性の高い孤児、教育機関で異常な才能を示した少年少女、貴族の血筋に連なるが反抗心を示した子ども。
そのほとんどが自ら“選ばれた”とは知らず、施設内で“指導”を受けていた。
洗脳と再教育によって人格を書き換え、信仰にも似た忠誠を植え付けられていく。
一方で、宰相の配下たちは王都とその周辺で暗躍を開始する。
冒険者ギルド、王宮、地方騎士団、果ては修道院や貴族領の文官にまで、あらかじめ潜伏させていた協力者たちが一斉に動いた。
──標的は「障害」となりうる者たち。
“選別の夜”は表向きには何も起きなかった。
翌朝、王都ではいくつかの屋敷が「夜逃げ」したと噂された。
ある地方騎士団は突然の解体命令を受け、団長は反逆の罪で処刑された。
騎士養成所では教師が数名「転属」となり、教室から静かに姿を消していた。
ただ一つ確かなのは、消えた者たちに共通する点──
それは「宰相ゼグラートの理念に同調しなかった者」だった。
王の命ではない。
議会の決議でも、裁判の結果でもない。
それでも、誰も咎めなかった。
いや、“誰も真実を知らされなかった”が