第41話
朽ちた廃村の奥、苔むした聖堂跡に、焚き火の光が揺れていた。
壁に刻まれた古びた紋章、猿の尾をかたどった朱の印は、かつてこの地に誇り高き騎士団があったことを今に伝えている。
火を囲むのは、かつての朱猿騎士団の残党。
今や盗賊団〈紅猿〉を名乗り、表向きは宰相の目を欺く反体制のはぐれ者集団に過ぎない。
だがその実、彼らの目的は“復讐”と“記録”――
国の歪んだ礎に眠る、血と嘘の真実を暴き立てることにあった。
「……宰相が“あの遺跡”の存在に気づいたら、我らの首が先に飛ぶぞ」
銀灰の髪を丁寧に結い、眼鏡をかけた男――ヴィロス・グランディールは、元宮廷魔術省の戦術参謀である。
朱猿団が粛清される前、ラースの右腕として、何度も宰相ゼグラートの戦術を打ち破ってきた稀有な軍略家だ。
その彼が地図を前に、眼光鋭く言葉を吐く。
「王都の地下に眠る“記録”こそが証明になる。ラース、奴が正義の顔で何をしてきたか……お前が一番知っているだろう?」
「――ああ。あの夜の“炎”を忘れたことはない」
ラース・カルモンテは低く呟いた。
くすぶる復讐の炎は、今もその瞳の奥で赤く燃えている。
聖堂の陰に、猫のような身のこなしで潜む影があった。
ミーナ・クローヴァ、朱猿団で情報と潜入を担った影の工作員。
笑顔の下に冷酷さを隠し、王都の貴族街から裏市、果ては選別局の内情にまで通じる情報屋でもある。
「本日付の“選別名簿”、三人の子供が“再教育”送り。うち一人は、元団員の妹の娘。年齢、七歳」
彼女が焚き火に名簿の一部をくべると、ラースのこめかみがぴくりと動いた。
「……まだ続いているのか、“子どもの選別”が」
「“理想の国家”の礎には、たくさんの小さな骸が埋まってるのよ。あなたも見たでしょ。ゼグラートが何を“正義”と呼ぶのか」
ミーナの声には、ほのかに怒気が混ざっていた。
復讐だけではない。この国の根を変えなければ、未来も同じ悲劇に染まる――それが彼女の信念だ。
その時、奥の帳の影から、肩を震わせる若い男が顔を見せた。
選別局の魔術士ランデル。密かに元朱猿へ情報を流している“裏切り者”であり、かつて弟を選別で“排除”された過去を持つ。
「ぼくの家族は、ゼグラートの命令で、“適性なし”として消されました……。母も、弟も……もう戻ってこない。なのに、彼は言ったんです。“それが秩序だ”って……!」
焚き火の炎が、彼の瞳に怒りと恐怖の両方を映す。
「僕は、今でも信じたいんです。国家って、もっと優しくあるべきじゃないかって」
ラースは静かに立ち上がり、若者の肩に手を置いた。
「ならば、俺たちがやるしかない。“本物の国家”を、あいつの偽善じゃなく、俺たちの手で……」