第40話
数日後、王宮の正門前で、貴族エルミナ公爵家の断罪が発表された。横領、密売、民への過剰課税──腐敗の限りを尽くしたとされる一族は、財産を没収され、家督を剥奪。男児たちは兵籍に編入され、老侯とその息子は地下へと引き渡された。
粛清の指揮を執ったのは、王国宰相ゼグラート無表情のまま公文書を読み上げ、情状酌量の余地を一切与えぬ姿は、恐怖と冷徹そのものだった。
「王の名の下に命ず。エルミナ家の財を王都再建基金へ、貴族領は一時的に王国直轄とし、労働契約に基づいて再編する」
血の一滴も流れなかったが、凍るような沈黙が処刑よりも民を震え上がらせた。中には、「これで街に米が戻る」と囁く者もいれば、「次は自分か」と口を閉ざす者もいた。
粛清が完了した報告を受けた宰相は、淡々と手元の書類にサインを入れると、ただ一言呟いた。
「不要な枝は、早めに落とす。それが大樹のためだ」
それを聞いた老臣は、静かに目を伏せた。
だが──理想は、飢えを救わぬ。
その年、厳冬と病虫害により、南部の穀倉地帯は壊滅的打撃を受けた。王は急ぎ、王家備蓄米の放出と、遠方からの輸送支援を命じた。
しかし……その施策が届くには、遅すぎた。
王都西門の広場にて、小さな死体が五つ、布で覆われて横たえられた。貧民街の子どもたちだった。母親は、地べたで息もなく、空っぽの鍋を抱きしめていた。
その光景を前に、王は拳を握りしめて立ち尽くした。
「なぜ……間に合わなかった……!」
その問いに応えたのは、静かに現れたゼグラートだった。
「間に合わせた者が、すでにいる」
宰相は、独自に設けた〈配給管理局〉によって、王の命を待たず動いていた。配給所は要所に設置され、民兵が警備に当たり、登録制により秩序だった支援が進められていた。
「王の善意は、美しい。しかし、“民”とは、情では救えぬ。数字と仕組み、そして恐怖こそが、飢えより速い」
その言葉に、王は何も言い返さなかった。ただ、沈黙のまま凍える死体を見つめていた。
夜の王宮。玉座の間に、王と宰相、二人だけの影が落ちる。
「ゼグラート……お前のやり方は確かに速い。成果もある」
椅子に座る王の声は、低く、震えていた。
「だが、それでは人は心を失う。数にされ、仕組みに溺れ、自ら考える力すら失うだろう。私は──“生きた心”のある王国を築きたい」
それを聞いた宰相の表情は微動だにしない。ただ、眼差しだけが鋭くなった。
「綺麗事では、民は救えぬ。あの死体の山が、それを証明している。おまえの信念が、罪を増やした」
王は立ち上がる。その背には、いつの間にか現れていた者たち──アラン、レオン、リィナ、ボリスら冒険者たちの姿があった。
「ならば、私は私の戦い方で未来を切り開く。理想を掲げるならば、理想のために、剣を取る覚悟を持て。おまえも、私も──同じだ」
その声に、一瞬、宰相の眉が動いた。
「……王よ。“選ばれし者”に、その資格があるか。見せてみるがいい」
そう言い残し、宰相は音もなくその場を去った。王の背に、仲間たちが立つ。争いは、もはや避けられぬ。
だが、その火種の奥にあるのは、ただの対立ではなかった。
──“誰が民を救えるのか”という、悲しくも切実な問いだった。




