第39話 密会
同時刻、王都の別の闇。
地下ギルド“黒月の爪”の一室にて、ギルドマスターたちが密会していた。
「“希望の芽”が育ちすぎては困るな。国がそのまま飲み込まれる」
「だが、下手に動けば、奴は“正義”を掲げて粛清を正当化する。我々の側が“悪”になる」
「……“真の悪”として動くしかあるまい。正義と悪が混ざる泥沼でこそ、我らは生きてきたのだ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
朱猿の残党たちも、また別の道を歩んでいた。
かつて誓いを交わし、誇りを焼かれた彼らは、今や流れ者として森に潜む存在。だが、密かに情報を集め、“選ばれし者計画”の片鱗を掴みかけていた。
「やつらは、名を奪い、魂をも縛るつもりか……」
「だが、誓句はまだ生きている。“森を駆け、策を巡らす。誇りは失せど、魂は屈せぬ。”……俺たちは、終わっちゃいねぇ」
彼らの中には、アランと出会ったあの老戦士の姿もあった。
教会では、異なる波紋が広がっていた。
聖務庁の長老会議にて、ある若き司祭が立ち上がった。
「宰相は“神”を否定している。秩序の名のもとに、魂を踏みにじっている。放置すれば……国は“鉄の檻”と化すだろう」
「教会もまた試されているのだ。真に“神の代理者”としてあるべきかどうかを」
その言葉は、一部の改革派を動かし、やがてアランたちとの接触へとつながっていく――。
ゼグラートの部屋に、ひとつの報告が届く。
「宰相。西方の遺跡――“白の記録庫”の存在が他国にも漏洩しました」
沈黙。
ゼグラートは、椅子の背にもたれ、ゆっくりと目を閉じた。
「……ならば、動く時だ。“選ばれし者”を王の座へ導くために」
目を開けた彼の瞳に、迷いはなかった。そこにあったのは、ただひとつ。
“理想国家”という名の、途方もない夢であり、恐るべき暴力だった。
王都の下層、灰と泥にまみれた路地裏で、ひときわ目立つ一団が足を止めていた。白銀の陽光を反射する王の外套が、貧民の黒ずんだ風景に溶け込むことはなかった。
「──これで熱は少し落ち着くはずだ」
国王アルヴェリオ・リヴァレスは、病に伏す老婆に自らの手で薬草の煎じ薬を渡し、地べたにしゃがみ込んだ。薬師の手配よりも、今この瞬間に必要な救いを優先する彼の姿勢に、周囲の兵も驚きを隠せない。
「王が……王自らが……」
震えるように礼を述べる老婆の手を、アルヴェリオは静かに取った。「ありがとう」と囁く声は、誰に向けたものか分からぬほど優しく、そして悲しかった。
その後、彼は近隣の孤児院にも立ち寄り、教師のいない教室に子供たちを集め、簡単な文字の書き方を教え始めた。
「書けるようになれば、話ができる。話ができれば、世界が広がる。君たちの世界はここだけじゃない」
その言葉に、目を輝かせる子どもがいた。涙を浮かべる教師がいた。だが、それを陰から見つめていた男の目は、凍えるように冷たかった。