第38話 選ばれし者計画
黄昏の王都――。
冷たい石畳の上を、重い軍靴の音が響く。
夜陰に紛れ、黒衣の騎士たちが城の裏門から姿を現した。胸には紋章も階級もない。ただひとつ、肩章に小さく刻まれた「刃」の刻印。それは宰相直属の私兵部隊、“選別局”の印であった。
その夜、貴族連盟の一角に属していたラモー公爵邸は、理由不明の火災で灰燼に帰した。証拠も目撃者も残らない。だが、情報屋たちは知っていた――「公爵が、粛清の名簿に載っていた」と。
「予定通り……片づけました」
選別局の副長が、低く頭を垂れる。
書類の束を受け取った宰相ゼグラートは、視線も落とさずそれを棚の最奥に滑り込ませた。
「遺族には……十分な補償を。功績ある者には名誉ある終わりを与えよ。彼もまた、“国の犠牲者”に過ぎん」
その声は冷たくもなく、むしろ静かで穏やかだった。ただ、その目に宿るのは情ではない。純粋な意志、整然とした“秩序”の視線だった。
彼の執務室の机上には、今まさに吟味されている一枚の人材データがあった。
【対象:アラン・オーガストレイ】
・現階級:Gランク冒険者
・身元:平民(ギルド経由で登録)
ゼグラートは眉根をわずかに寄せた。
「……やはり、“生きていた”王家に連なる血か。選択の因子、計画には不要だ」
すでに彼は、数十年の歳月をかけて、王国の“真の系譜”を調べ尽くしていた。抹消された王家、闇に沈められた帝国時代の記録、そして〈ルミヴォーク〉家という名の封印された血筋――。
「時代が変わる。誰が“王”にふさわしいか、民の為の平和の時代は終わりだ。」
彼の語る“平和”とは、平等に訪れる安寧ではない。力を持ち、導く資格を持つ“選ばれし者”だけが幸福になる事だった。
そしてその選別は、感情ではなく、理によってなされるべきだ――。
地下区画。王都の地中深く、かつての錬金術師団の実験棟が転用された“育成施設”があった。
魔術障壁に包まれ、外部からの干渉を一切遮断したその空間には、数十名の子供たちが集められていた。年齢は7歳から14歳。全員が特殊な資質を持ち、孤児、奴隷、時に貴族の落胤すら含まれていた。
「番号32番、魔力適性A+。遺伝子改変への耐性も高い。素体としては良好です」
「だが、精神不安定。前回の訓練で暴走の兆候が」
「ならば“安定化処置”を。命を繋ぐ価値があるなら、生き延びるだろう」
ゼグラートは冷ややかに言い放った。
その傍らで、監督官たちが顔色ひとつ変えず頷く。彼らもまた、“理想の国家”を信じる者たちである。
施設の中央には、大型の魔道装置が鎮座していた。脳波と魔力を計測し、潜在能力を引き出す調整装置。副作用で廃人となった者も数多いが、ゼグラートにとってはそれも“必要な淘汰”でしかなかった。
「この子らこそ、次代の王国を導く真の種子だ」
ゼグラートの言葉に、誰も反論はしなかった。ある者は信仰のように、ある者は恐怖ゆえに、そしてまたある者は、己の利益のために従っていた。
だが、その中に一人、異なる視線の者がいた。
紫紺のローブに身を包んだ女――コヴォルファクトの幹部、リリア・フォン・シュネーヴァルトである。
彼女はただ一言、囁いた。
「子どもたちに“秩序”を教えるつもりなら……あなたの秩序が崩れたとき、彼らは何を信じるのかしら?」
ゼグラートは微笑んだ。
「ならば崩れぬものを残すのみ。私の“信念”という楔を、深く、深く……打ち込んでおけばよい」