表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/186

第36話 宰相、民を思う者として

荘厳なる白亜の国会議場、その中央演壇に立つ男は、まるで歴史に刻まれる英雄像そのものだった。

銀の飾緒を揺らす漆黒の外套、その下に鋲打ちの法衣をまとい、額には理知と信念を刻む皺。

彼の名は──宰相ゼグラート

差し込む午前の陽光が高窓から降り注ぎ、まるで神の寵愛を示すかのように、その立ち姿を黄金に染めていた。

「……我々は忘れてはならぬ。

 民が夜に怯えず眠れぬ国に、未来は訪れぬということを!」

彼の声は、静まり返った議場に力強く響いた。

「貴族の特権とは、民を護るための責であり、私利私欲の免罪符ではない。

 今ここに、王政の名のもと、腐敗を正す法を可決する!」

議員席にざわめきが走る。だが次第にそれは拍手へ、歓声へと変わった。

多くの民衆が傍聴席に押し寄せ、窓外の広場には彼の言葉を一目でも聞こうと集まる群衆がいた。

「民の平和こそが、我が王国の誇りであり、礎である!」

──その瞬間、民衆は一人の英雄を見た。

腐敗を断ち切る改革者、聖人のごとき政治家。

新聞は彼をこう呼ぶ。「光の宰相」と。


その日の午後、ゼグラートは最側近を従え、王都北部の貧民街を視察した。

瓦礫の路地、泥と煤に染まる煉瓦造りの壁。

雨露を凌ぐ布切れ一枚の小屋の前で、彼は膝をつき、病を患った少年の頭にそっと手を置いた。

「……この子に、温かな寝床と薬を。できるな?」

「はっ、すぐに支援班を派遣いたします」

少年の母は嗚咽しながら彼の手を握り、群がる人々は一斉に膝をついた。

「宰相様がいなければ、俺たちは見捨てられてました……!」

「民を守るのが我が務め。……ありがとうは、その子が大人になった時にくれればいい」

──だが、誰も気づかなかった。

ゼグラートの視線が、視察の合間にちらと向けた、ある“無人の家屋”。

その壁には、かすれた墨で“裏ギルド監視所”の符号が刻まれていた。


その夜。王都南部の酒場〈黒犬亭〉の地下室。

石壁に囲まれた冷たい空間で、ゼグラートは一人の男と向き合っていた。

裏ギルド首領──"灰鴉のエルド"と呼ばれる、闇市と暗殺網を取り仕切る男だ。

松明の火がちらつき、ゼグラートの顔半分を赤く照らす。残る半分は、闇の中に沈んでいた。

「──進捗は?」

「候補者のうち三名、既に“処理”済み。残るは例の騎士団……“朱猿”の連中だけですな」

ゼグラートは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、静かに机に置いた。

そこには、赤く大きな“×”がつけられた名前が、いくつも並んでいた。

「使えぬ者は、国の足を引くだけだ。……選別は、避け得ぬ義務だ」

「はは、お言葉どおりで──。して、“例の遺物”の捜索は?」

「進め。あれが“手に入れば”、王政は真に我らのものとなる。

 すべては、民のための“正しき秩序”のために、だ」

男は目を細めた。

そのとき、階段の奥から猫の鳴き声が一つ。

ゼグラートはそれに微笑みを浮かべると、冷たい声で呟いた。

「理想を掲げるには、手を汚さねばならん。

 だが安心しろ、カリウス。

 私がこの国の“未来”を創る」

松明の炎が揺れ、ゼグラートの瞳の奥に、氷のような光が宿った──。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ