第13話「街の裏にひそむ芽」
朝の王都リュミエール。冒険者ギルドの掲示板には、今日も数多の依頼が貼り出されていた。
その中でアランとレオンはリゼットの元に、
「……『下水道の清掃』、ね。Gランク依頼。報酬は銅貨五枚か」
「なにもなければいいが、昨日仕入れた情報だとスカボーの処理はあるだろうな。」
レオンが内容を読み上げ、アランが苦笑する。
「まあ、誰かがやらなきゃいけないし、頑張ろうぜ。」
受付カウンターの奥でそれを聞いていたリゼットが、くすりと笑った。
「この季節はスカーボーが増えるけど、定期的に処理もしてるし、問題ないと思うわよ。それでも子どもたちの遊び場にスカボーが出たら大変だし、けっこう重要なのよ?
慣れてるベテランなら銅貨十枚くらい取るけど……あなたたちは新人価格ってことで」
「うわ……意外と新人に厳しい」
「だったらさっさと行って、倍の価値の仕事をしてきなさい。……大丈夫よ、あなたたちならできるから」
リゼットの小悪魔的な笑みに背中を押され、ふたりはギルドを後にした。
向かったのは、街角にある雑貨屋。古びた木造の看板に赤い文字、ガラス戸の向こうからは香草と革の匂いが漂っていた。
「いらっしゃい、若いの。今日はどうしたの? 下水にでも潜る気かい?」
店内の奥から現れたのは、腕まくりしたシャツに腰巻きエプロンの女性。ベルダ・ロッソ。
年の頃は四十半ば、肩で切りそろえた赤褐色の髪と快活な笑顔が印象的な、姉御肌の女店主だ。
「分かるのか?顔に出てた?」
「出てる出てる。っていうか、ギルドの新人がこの時期に来たら、下水掃討くらいしかないもんね。ほらよ、防臭布と簡易ランタン。サービスでマナ灯芯もつけとくよ。今日は気分がいいから♪ちょっとだけね」
「助かります!」
ベルダは素早く棚から布袋を取り出しながら、ちらりとレオンを見やる。
「アンタら、これから何度も泥をかぶる羽目になるさ。だから最初くらい、気合い入れて行きなさいよ」
「忠告、感謝する。下水ってだけでも厄介そうだ」
「あとね、噂だけどさ、最近“街”の空気が変わってきてるってさ。変な粉が見つかったって話聞いてる?」
アランとレオンは目を見合わせた。
「もう、ここまで広まってるのか。」
「そうそう、命より高い商品はないんだ。何かあったら、相談しにおいで。うちはモノもだけど“話”のほうが売りだからね」
ふたりはベルダに礼を言って、ランタンを手に店を後にした。
下水路の入り口は、王都の裏通りにある鉄格子の奥だった。
冒険者証を提示して開錠してもらい、二人は懐中灯の代わりとなる魔導ランタンを手にして中へと足を踏み入れる。
王都の表は賑わいと秩序に満ちている。でも、裏にはこうした“澱”が確かに存在している。
アランとレオンは、その闇へ、静かに足を踏み入れた。
「うっわー!くっさ……!」
アランが鼻を押さえた。
「想定内。空気は湿っていて、菌類の匂いも混じっている。が耐えがたいな。」
レオンが冷静に周囲を観察する。
壁面には小さな爪痕が幾つも残り、瓦礫の隙間から素早く動く影が見える。
「……スカーボーだ。複数体も気をつけろ。」
「話が違う!滅多に出ないんじゃなかったのか?」
アランが剣を構えた瞬間、暗がりから群れが飛び出した。
小さな体躯ながら、その動きは統率され、アランの死角へと同時に回り込もうとする。
「レオン、囲まれるぞ、左!」
「わかってる!」
アランは地面を蹴り、一体を斬り払う。昨日までよりも無駄がない。剣筋が鋭く、動きの一つひとつに経験が乗っていた。
別のスカーボーが飛びかかる──それを氷の針が迎撃した。
レオンが魔術を唱えていた。
「微細振動、凝結せよ――《貫穿針》」
透明な霜が走り、スカーボー数体の動きを鈍らせる。
「ありがと、助かった!」
「一体一体の力は弱い。だが戦術的連携を取っている。恐らく知性を持ち始めている可能性もあるな。厄介極まりない、撤退も考えないとな。」
アランは頷き、さらに切り結ぶ。
ふと、戦闘の合間にレオンが低く呟いた。
「……おい、あそこを見ろ。白い……粉が」
下水の奥、壁沿いに奇妙な群生があった。
淡く光る白く舞う粉。それに寄生するように咲いた歪な花。
「なんだよ、あれ……」
アランが顔をしかめる。レオンは魔力を探るように手を翳した。
「……精神干渉系。幻覚作用のある魔性植物だ。だが、この種が自生してるなんて、ギルドからの記録にない」
「それって……」
「偶然にか、誰かが持ち込んだか、それが、ここに“繁殖”してる」
ぬかるんだ足場を蹴って、レオンが前へ出た――その瞬間だった。
「レオン、後ろだっ! またスカボーが来てる!」
アランの叫びが、反響する下水のトンネルに鋭く響く。
湿った空気を裂くように、足元の影からネズミ型モンスター――スカボーが跳ね上がってきた。
濡れた毛並みに泥と血がこびりつき、濁った目に殺気が宿る。
レオンが振り返る前に、アランの剣が火花を散らして走った。
ギャン、と金属音と共に、スカボーが甲高い悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
粘ついた水たまりに叩きつけられ、動かなくなった。
「……ったく、もう十匹は倒してるぞ。どこまで湧いてくるんだ、こいつら」
アランが息を荒げながら剣を構え直す。
小さな依頼のはずが、異常の兆しを孕んでいた。
スカーボーの集団化。そして、花粉による汚染。
アランは剣を下ろし、真剣な表情で呟いた。
「これは、何かがおかしい。早く戻ってギルドに報告しよう。」
暗がりの奥で、白い花が静かに脈動していた。
彼らの知らぬ、王都の“闇”が、ゆっくりと動き始めていた。