第30話 ボリス、灼熱の腕相撲戦
日が傾き、交易所の一角――日除けの下では、タバリス傭兵たちによる即席の「腕相撲台」が設けられていた。
「さあさあ次の挑戦者は誰だ!? この筋肉王〈ハーラルド大将〉に挑みたい者、前へ出よ!」
屈強な傭兵が自らの腕を誇示しながら叫ぶと、周囲の人々が笑いと歓声をあげる。
「……っしゃ、今ならいけるかも……!」
いつの間にか回復していたボリスが、鍋を肩に、堂々と前に出た。
「その称号、今日から“鉄鍋将軍”に譲ってもらおうか!」
「なんだその鍋! あんた傭兵か!? 旅芸人か!?」とタバリスの男が笑いながらも、腕を組み始める。
二人の腕が机に乗り、周囲が固唾をのんで見守る中
勝負開始!
ギリギリと拮抗する筋力戦。
ボリスの腕がぶるぶると震える。だが、その瞳に弱音はない。
「うおおおおおっっ!!」
バァンッッ!!
……数秒後、勝ったのはタバリス傭兵だった。
だが、ボリスの健闘は人々の拍手を受ける。
「なかなかやるじゃねえか、鉄鍋の将軍さんよ!」
「おう、次までには“鍋パンチ”を開発しておくからな……っふぅ……」
汗をぬぐいながら立ち上がったボリスに、勝者が冷水を手渡した。
「強くなりてえなら、また来いよ。タバリスの門は、実力者には開かれてる」
それを聞いて、ボリスは少しだけ目を細めた。
(こういう出会いも、旅の醍醐味だな……)
一方そのころ、アランは交易所の裏手で、砂馬の手入れをしていたマルディオナの少年と話していた。
「この子……きれいだな。毛並みがすごく滑らかで……」
アランが見上げたのは、薄灰の毛並みをした砂馬だった。
足は力強く、澄んだ瞳はどこか人間の子供のように好奇心に満ちている。
「こいつは“セグナ”だ。砂地を駆けるのが得意なんだ」
褐色の肌の少年が、胸を張って言った。首元のスカーフが風に揺れる。
「立派だな。俺も……ちょっと乗ってみたい」
言葉にすると、アランは自分でも子供みたいに聞こえて苦笑した。
だが少年はむしろ嬉しそうに目を輝かせる。
「じゃあ、教えてやるよ。まずは鼻先に手を出せ。匂いを覚えさせるんだ」
言われるまま、アランは恐る恐る掌を差し出した。
セグナは温かな鼻先を押し当て、ふん、と息を吐く。
その感触にアランは思わず笑みをこぼした。
「次は背を撫でる。怖がらせないように、ゆっくりな」
少年の指示通りに毛並みをなぞると、セグナはおとなしく身じろぎする。
「……すごい。俺のこと、ちゃんと受け入れてくれたみたいだ」
「だろ? こいつはいいやつだからな」
少年は自慢げに笑い、今度はアランの腕を引いた。
「ほら、足をここに掛けて、体重を移すんだ。力じゃなくて、呼吸を合わせるんだぞ」
アランは見よう見まねで跨がる。揺れる背に体を預けると、不思議と胸の奥が熱くなった。
「……なんだか、風になれる気がする」
「ははっ! お前、本当に変なやつだな」
二人は思わず顔を見合わせ、声をあげて笑った。
しばらくして、セグナを労うように撫でながら、少年は袋から乾いた果実を差し出した。
「これ、マルディオナの保存食だ。砂糖は入ってないけど、けっこう甘いぞ」
「ありがとう。……今度、必ずそっちの国にも行ってみたいな」
果実を口にしたアランの笑顔は、どこか少年と同じ、誇らしげであたたかかった。
アランがそう言うと、少年はふっと目を細めた。
「そのときは、案内してやるよ。セグナと一緒にな」
そうして二人は、握手を交わす。
異国で交わされる、ささやかな友情の芽
それはアランの胸に、静かにあたたかな印象を残すのだった。