第29話
砂風が肌を撫でるたび、衣の隙間から熱気が忍び込んでくる。
照りつける陽光の下、アランたちはついに目的地――砂漠の中央にある古い交易所へとたどり着いた。
「ぐあぁああ……だ、誰か……氷水を……!」
最初に倒れ込んだのはボリスだった。全身から汗を噴き出し、鍋とフライパンを地面に放り投げて砂の上で大の字になる。
「おいおい、倒れる前に荷物置けっての」とリィナが苦笑する。
「……これが……灼熱地獄……」
「気温はともかく、湿度がない分まだマシだ」とレオンがいつもどおりの涼しげな顔で言うと、ボリスが砂に頬をこすりつけながら呻いた。
「お前、どこの氷精霊だよ……くそぉ、砂漠の民はどうやって生きてるんだ……」
* * *
交易所は、石と土でできた平屋の集合体だ。
道沿いには簡素な市が立ち、獣人族の遊牧民や、黒いヴェールを巻いた精霊使い、肩に獣の骨を飾った傭兵たちが行き交っている。
「……ここ、思ったよりもにぎやかね」ラグナが目を細めた。
「昔から、三国の境にある中継地だからね。マルディオナ、ザラン、タバリス……それに海沿いの連中も混じってる」とレーネが説明する。
ひときわ背の高い獣人の男が、角の取引所で乾いた肉と矢じりを交換している。その傍らには、毛並みの美しい砂馬が並び、遊牧民の誇りを示していた。
一方、カフェのような日除け付きの店では、ザランの女性たちが冷茶と香辛料の取引をしている。淡い色の布で身を包み、腕には精霊の加護を示す銀の腕輪。
そして――宿の前では、屈強な男たちが剣と腕を見せ合いながら、賭け試合の交渉をしていた。
「ほらな、あれがタバリスの連中さ。負けた方が飯を奢るってやつだろうな」
リィナが軽く指を差すと、ボリスが砂から起き上がってぐっと拳を握る。
「おれも一戦交え……いや今はだめだ、体力が足りん……!」
「まずは宿で冷たい飲み物でも頼んで、身体を冷やしましょう」とラグナが静かに促した。
アランはというと、興味津々で周囲を見回していた。
「……いろんな人がいるな。言葉も服も、ぜんぜん違う」
「交流の中心地ってこういうもんだよ。……盗みとスリには気をつけな」とリィナがぼそっと言う。
ふと、サンドベージュのフードをかぶった小柄な商人が近づいてくる。
「旅の方々、冷たいヤギ乳と干し果実、いかがです? マルディオナ特産の品です」
「おおっ、ちょうど喉が渇いてた! 一つもらうぜ!」
ボリスが財布を取り出そうとしたそのとき、アランがそっと言う。
「……全部ください。みんなのぶんも、僕が払うよ」
そう言って笑うアランの顔に、ラグナが少しだけ目を細めた。
(こういうところ、たまに本当に貴族みたいね)
取引が終わるころ、交易所の中心で何かの準備が始まっていた。
祭りか、あるいは旅人たちの定例の集いか。
この異国の砂交じりの地で、一行の旅は静かに、そして確実に進んでいくのだった。