第28話
それから小一時間後。
「ただいまー!」
まず戻ってきたのはアランだった。肩に抱えているのは、鹿に似た中型の獣モンスター――茶色い毛並みと短い角を持つ「サーニア」だった。
仲間たちの視線が一斉に注がれる中、アランはそれを地面に降ろし、胸を張る。
「よしっ、ボリス、これ使える?」
「おお! サーニアとはな! 臭みが少なくて肉質も柔らかい、煮込みにも焼きにもぴったりだ!」
そこへ、少し息を切らせたレーネが戻ってくる。手には、丸々と太った白銀のウサギ系モンスター「ホワイトラット」を二匹。
「……くっ、少し遅れたか」
「おかえり! そっちも美味そうだな!」
アランは笑顔で迎え、レーネもふっと笑みを浮かべる。
「どうやら、あんたに一杯くわされたみたいね。やるじゃない」
「えへへ、レーネさんの方が速いかと思ったけど、今日はついてた!」
軽く拳を合わせるようにして、ふたりは手を叩き合った。
それを見ていたラグナが小さくうなずく。
「ふたりとも、探索者というより“狩人”ね。遺跡探索にも役立つ腕だわ」
「でもこの分だと、今日の夕飯はちょっと贅沢になりそうね」とリィナがにっこりと笑い、ボリスが鍋の用意を整えながら声を張った。
「よーし、今夜は豪勢に“サーニアのロースト”と“ラットの香草焼き”だ! 祝勝パーティーにしようぜ!」
焚き火の上に吊るされた鍋と、炙られる肉の音。笑い声とともに、一行は再び旅の仲間として、その時間を味わった。
日差しが少し傾き始めた頃、一行は小さな岩陰の広場に腰を下ろした。乾いた砂の上に敷物を広げ、荷袋の中から食材を取り出す男がひとり。
「さーて、腹が減っては遺跡も踏めねぇ。ここは俺に任せな!」
大鍋と大きなフライパンをどっこいと地面に置いたボリスが、さっそく火起こしを始める。彼の手際はまるで野営の料理人のように無駄がなく、肉を切る手、スパイスを振るう指、鍋をかき混ぜる腕――すべてがリズムに乗っていた。
「なんか……見てるだけで腹減ってくるな」とアランが目を細める。
「よく訓練された旅人って感じだね、ボリス」とレオンも小さく頷いた。
「ふふん。昔は食堂の厨房でバイトしてたこともあるからな。なんせ食うためには鍋と腕だ」
鍋の中からは、香ばしく炒められた肉の匂いと、スパイスのきいたスープの湯気が立ちのぼる。あたりの風に乗って広がった香りに、リィナが目を輝かせた。
「やだ……これ、絶対うまいやつだわ。あたし、ボリス見直したかも」
「“かも”ってなんだよ」と笑いながら、ボリスが大鍋を火から下ろす。「さあ、できたぞ! 特製肉団子入りスパイススープ、砂漠風仕立て!」
陶器の器に注がれたスープを、アランが真っ先にひと口――。
「……! う、うまっ!! なんだこれ、肉がやわらかいし、スープが……舌の奥でじんわり来る!」
あまりの素直な絶賛に、周囲もどっと笑いが起きた。
「さすがアラン。いいリアクション担当だな」とレオンがにやりとし、リィナも「いいわね、こういうの。なんか、戦うばっかじゃなくて、旅してる感じする」と頷いた。
遅れてスプーンを口にしたレーネが、静かに言う。
「……塩加減も絶妙ね。塩は疲労回復にもなる。ちゃんと考えてるのね、ボリス」
「褒められるの慣れてねぇけど……嬉しいな!」とボリスは頬をかきながら笑った。
一行がスープとパンを分け合いながら、ささやかな会話が飛び交う。ラグナは黙々と食べていたが、ふと一言。
「……あなたたち、こういう“日常”の時間もちゃんと味わえるのね。悪くないわ」
「なにそれ、ちょっと感動されてる?」とリィナがからかうと、ラグナはほんの少しだけ口元をゆるめた。
「黙って食べなさい。スープが冷める」
笑い声がまたひとつ、砂の上に転がった。
空は高く、風は穏やか。ほんの束の間ではあるが、戦いや謎を忘れ、彼らは“仲間”としてひとつの時間を味わっていた。