第27話
乾いた風が砂の地表を這い、遠く地平のかなたへと溶けていく。七人の影が、遺跡のある東方へ向けてゆっくりと進んでいた。
歩き出してしばらく経った頃、ボリスが大きな荷袋を背にぐっと背伸びをしながら口を開いた。
「なあ、こういうのってさ、出発したらまず自己紹介するもんじゃねえの? なにせ七人もいるんだ、どこかの劇団みたいだぜ」
リィナがくくっと笑って、肩にかけた短弓を指で弾いた。
「いいじゃない、道中退屈しのぎにはなるかもね。じゃ、まずはあたしから。リィナ・カルセリオ。シーフ系の冒険者で、今回の依頼では探索と先行確認が担当。よろしく」
「なんで“シーフ系”って濁すんだ……」とレオンがぼそりと呟いたが、聞こえないふりで次にボリスが胸を張った。
「俺はボリス・ミールハルト! 盾と鍋の防御専門、精神魔法で敵の注意を引きつけるムードメーカーだ。今回はこの身で仲間を守る所存っ!」
「あと料理もできるからな。リーダーより頼れるかも」とリィナが笑うと、アランがむっとした顔で口を開いた。
「アラン・オーガスト……レイ。えっと、まあ今はGランクの冒険者。だけど、できることは……わりと色々やるよ。頑張ります」
その横で、レオンがすぐさま続く。
「レオン・ヴァルトハイト。氷と闇の魔術師。戦術と支援が得意。彼――アランを支えるために来た。今回は探索補佐と魔力探知を担当する」
「なんか重たい自己紹介だな」とボリスが眉をひそめたが、レオンは涼しい顔で無視した。
そのやり取りを見ながら、後方の学者らしき女性が口を開いた。
「……私はラグナ・メルス。歴史学者よ。遺跡の地形変化と古代記述の調査が目的。調査はあくまで私の責任で行うけど、協力は感謝する」
眼鏡越しの視線は鋭いが、どこか柔らかい知性が滲む。
「俺はハルク。漁師だったんだが……その、今回はカイの代わりに来た。探索の経験はないけど、砂漠の風は読める」
彼の言葉に、アランがちらりと目を伏せた。
「……ありがとう、ハルクさん」
最後に口を開いたのは、隊列の後方で静かに歩いていた女性だ。身体には古い軍服の名残のような装束を纏い、その瞳は遠くを見ている。
「私はレーネ。元・朱猿騎士団。今はただの冒険者で、朱ノ花のリーダーよ。もし本当に団長だとしたら、真実を暴こうとしているとしか思えない。団長が、何をしようとしてるのか、確かめたくて同行を願い出た。」
淡々とした語り口の奥に、揺るがぬ意志のようなものがあった。
一通り名乗り終えたあと、再び風が通り抜けた。
「さて、次の目的地は交易所か」とアランが呟くと、ラグナが応える。
「この道の先にある中継所よ。昔は遺跡調査の拠点だったけど、今はもう半ば廃墟。それでも記録や物資が残ってる可能性はある」
「それに、裏ギルドと上層部が争った場所って話だったな」とレオンが補足した。
「つまり、何が出てきてもおかしくないってことね」とリィナが呟く。
誰も冗談を返さなかった。
陽の高いうちはただの探索でも、夜を越えれば――何かが動き出す。
「ちょっと、食材が足りないかもな。干し肉と乾パンじゃ、腹はふくらんでも笑顔にならねぇ」とボリスが鍋の蓋を開けながらぼやいた。
その言葉に、アランがぴょんと立ち上がる。
「じゃあ、ちょっと狩ってくるよ!」
続いて腰を上げたのはレーネだった。彼女は腕組みしながら、アランに小さく笑いかける。
「……面白そうね。私も行くわ。どっちが早く戻って来られるか、勝負しない?」
その挑発に、アランがにんまりと笑った。
「よーし、負けないぞ!」
「制限時間は一刻〈いっとき〉。場所は西側の林とその手前まで。無理はしないこと」
レオンが時計を見ながら冷静にルールを提示し、二人はうなずいて、ほぼ同時に駆け出した。
風を切って走る足音が森へと吸い込まれ、あたりは再び静かになる。
「やれやれ、また元気な奴らが二人……」とボリスが笑い、リィナは肩をすくめながら空を仰ぐ。
「若いって、いいわね」