第26話
その後、一行は旅支度を整えるため、いったん冒険者ギルドへと向かった。
レオンとアイリは遺跡に関する過去の記録と魔道文献を求め、資料室へ。
リィナとシャイナは装備と補給品の調達を担い、
ボリスとミリナは輸送手段と、砂漠への道のりを調べ始める。
それぞれが静かに動き出す中、誰もが胸に刻んでいたのは、ただ一つ。
――終わったと思っていた“過去”は、まだ終わっていなかった。
港町オルフェスの冒険者ギルドには、昼下がりの陽光が差し込んでいたが、その活気の裏にはどこか重たい気配が漂っていた。
館での一連の事件の余韻を引きずりながら、アランたちは遺跡に関する情報を求めて支部を訪れる。
受付で事情を告げると、職員は少し渋い顔をしながらも、地下の資料室へと彼らを案内した。
「こちらが、砂漠地帯遺跡に関する調査記録になります」
職員の説明を背に、レオンは手際よく資料の束を取り出し、机の上へと並べた。
各時代の調査団が残した報告書、地形図、魔力測定の記録――。
「構造図……これか」
だが、レオンの手がそこで止まった。
彼の指先が示す地図の中央には、ぽっかりとした空白がある。
「“内部構造の詳細図、近日貸出中”……?」
「貸し出されてるってことか? こんなマニアックな資料、誰が……」
リィナが首を傾げたその時、資料棚の向こうから静かに人影が現れた。
「私が借りているわ」
灰色の長髪を一つに束ね、眼鏡の奥に鋭い光を宿す女性。
実用的な旅装に、肩から下げたスレート板――見るからに、歴戦の研究者といった風貌だった。
「あなたたち、あの遺跡へ行くつもりね?」
「そうだけど……あなたは?」
「ラグナ・メルス。歴史と遺跡の研究者よ。貸出記録に文句があるなら、正式に申請でもどうぞ?」
皮肉混じりの口調だったが、その声にはどこか疲れの色もにじんでいた。
彼女は迷いなく資料棚から一枚の羊皮紙を取り出し、机の上に広げる。
かすれた線と点で描かれた遺跡の構造図。だが中央部には、大きな空白が口を開けていた。
「内部構造を知りたいんでしょ? けど、この遺跡……調べ尽くされたはずよ。少なくとも、私が十年以上かけて調査した限りではね」
ラグナの指が、地図のある一点で止まる。
「ただ、一箇所だけを除いて、ね」
空気がわずかに張り詰める。
「そこは?」
「中央区画の奥。封印術式の痕跡が残る空間。術式は崩壊しかけていて、通常の手段では入れない。……不用意に近づけば、空間ごと“跳ばされる”可能性もあるわ」
「今は、どうなっている?」
「最近になって、魔力干渉の波形が変化したの。何かが動き出したのかもしれない。確証はないけれど、可能性ならある」
レオンの瞳がわずかに細められる。
「……そうか。なら今回――そこに入れるかもしれない」
その声は静かだったが、底には確かな熱を宿していた。
アランは、あの仮面の男――元カルモンテ団長の姿を思い出していた。
彼もまた、遺跡の“何か”を探していたのだ。もしかすれば、それがこの中央部にあるのかもしれない。
その時、ギルドの奥から重い足音が響いた。
現れたのは、黒革の外套に旧式のプレートアーマーを纏った壮年の男。
灰色の鬚に鋭い眼光。オルフェス支部のギルドマスター――ヴォルフガングだった。
「ようやく、パズルの端が揃ってきたな」
低く、だが確信に満ちた声。
「……団長があの遺跡に手を出した。そういうことか?」
リィナが半ばため息まじりに問うと、ヴォルフガングはわずかに頷いた。
「裏ギルドが遺跡に動き出したのは、約一ヶ月前だ。旧帝国の遺産を求めて、複数の派閥が水面下で接触している。元カルモンテも例外じゃない」
「“あれ”……それって」
「記録装置よ」
静かに割って入ったのはラグナだった。
「過去の映像、音声、記録、術式の痕跡……すべてを“保存”している古代魔道装置。もしそれが回収されれば、真実は改ざんできる。――都合のいい歴史が作れるのよ」
その言葉に、場の空気が凍りつく。
「それを団長が……?」
「現段階では推測だ。ただ、遺跡構造の変化と、魔力波形の乱れは裏からの報告と一致する。……行くなら、早い方がいい」
アランは強く拳を握りしめた。
「……あの仮面の男が、何を狙っているのか。確かめに行く」
リィナが肩をすくめる。
「まったく、またこれね。気楽なご褒美依頼のはずだったのに」
「けど、俺たち――もともと行く予定だったんだろ?」とボリスが笑う。
「だったら、最後まで付き合うさ」
ラグナとヴォルフガングは目を合わせ、深く頷いた。
「一つ、忠告しておく」
ヴォルフガングが低く告げる。
「遺跡の深部は、もはや“探検”じゃ済まない。……何が起きてもおかしくない覚悟で行け」