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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第3章 隠蔽された過去 南の都編

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第24話 動き始めた怪盗

第一発見者となったのは、東廊下の巡回を担当していたリィナとシャイナの組だった。

 魔導ランタンは依然として復旧せず、館内の照明は一切機能していなかった。二人は手持ちの小型魔導灯を頼りに、静まり返った廊下を慎重に進んでいた。


 その時だった。

 仄かに揺れる灯の先に、不自然な影が浮かんだ。


「……あれ、なんか……倒れてない?」


 リィナの声に、シャイナが反射的に剣に手をかけた。

 二人は気配を探るように歩を進め、光をその影に向けた。


 魔導灯の光が死体を照らし出した瞬間、息を呑むような沈黙が降りた。


 そこに倒れていたのは、仮面をつけた人物だった。

 男とも女ともつかない華奢な体つき。顔は白銀の仮面に覆われ、その下の素顔は伺えない。


「……なんでここに……?」


 リィナが呟く。


 何より異様だったのは、死体の倒れ方だ。

 その身体は保管室の扉の正面、まるで自ら歩いて来て、その場に崩れ落ちたかのような姿勢で倒れていた。壁に叩きつけられた形跡も、争った痕跡も、血の飛沫すらない。

 むしろ、あまりに整いすぎた姿勢だった。


 まるで、何者かが“意図的にそこへ置いた”かのように。


 次々に駆けつける足音が、廊下に響く。

 西廊下を担当していたレオンとアイリ、南側のボリスとミリナ。そして、最後に遅れてアランとセティが姿を見せた。


「……封印が……解かれている」


 最初に保管室の扉に目を向けたのはレオンだった。

 扉に刻まれた魔術紋様。その一部が歪み、かすかに焦げ付いている。


 レオンは、しゃがみこんで扉の表面を指先でなぞった。


「無理やりこじ開けたわけじゃない……丁寧に、順を追って封印だけが外されてる」


 その言葉に、アイリが不安げな視線を死体へ向けた。


「……じゃあ、こいつが封印を?」


 レオンは無言で頷くと、今度は仮面の人物に手をかざし、魔力の残滓を探る。


「……死後、十数分。即死性の毒、あるいは魔力枯渇によるショック死……だが、どこにも抵抗の痕跡がない」


 淡々と述べるその口調の裏に、鋭い違和感が滲んでいた。


「……演出だ」


 その一言に、皆の表情が曇る。

 レオンの指が、仮面の隙間に触れる。すぐに止まり、わずかに眉が寄った。


「皮膚の下に……焼け焦げた筋がある。これは……術式による内部焼却だ。死後、魔力が逆流して、自壊したような……」


 ミリナが驚いたように声を上げた。


「魔力自壊……? でも、こんな症状、私は知らない……」


 その時だった。

 館の奥から、重く、沈んだ足音が近づいた。

 現れたのは、屋敷の執事だった。


「……その通りですな。あまりにも丁寧すぎる痕跡。扉に手を加えた形跡はなし、死体の姿勢も整いすぎている。まるで――芝居を見せるかのように」


 執事はそう言うと、死体のそばにしゃがみこみ、仮面の端をじっと見つめた。


「この者が扱った可能性があるとすれば、“鍵術”かと。封印を扱う古い系統の魔術です。記録の中に、術者の命を代価にする例もあると……」


 レオンが目を細めた。


「鍵術……魔術そのものが鍵の役割を果たし、術者の魔力を代償に封印を開く、と……だが、だとすれば、なぜこの者は死んだ直後、こんな場所に……」


 セティが問う。


「……本当にここで死んだの? 運ばれたわけじゃなくて?」


 アイリが小さく首を横に振る。


「でも、引きずった跡もないし、魔力痕も残ってない。誰かが“ここに来て死んだ”と見せかけてるとしか思えない」


 静かな沈黙が流れる。


 レオンが、ゆっくりと立ち上がった。


「扉は開かれていた。封印は外されていた。だが……中身は無事だった」


 その言葉に一斉に視線が保管室の中へ向く。


 厳重な装飾の箱。その中央に、例の“宝”が安置されていた。


「……見た目は無事……でも、それは囮だ」


 レオンが言い切る。


「本物は別の場所に保管してある。これは最初から、囮として用意されたレプリカだ」


 セティが驚きに目を見張る。


「つまり……犯人はそれを知らなかった?」


「あるいは、知っていた上で“これだけ”を狙った。つまり、本物には手を出さず、敢えてこちらを標的に選んだ可能性がある」


 ボリスが腕を組む。


「じゃあ、これは……宝を盗もうとした犯人じゃなくて、“犯人に見せかけた何者か”か?」


 ミリナが魔力感知を続けながら、沈んだ声で言った。


「……侵入の痕跡も、脱出の痕跡もありません。誰も、出入りしていない……なら、この中に犯人がいる、ということになります」


 その瞬間、空気が張り詰めた。


 執事が静かに口を開く。


「……この件が明らかになるまで、屋敷の出入りは禁じさせていただきます。今夜のうちに、騎士団に報告を」


 そう言って背を向けた執事を、レオンが目だけで見送った。


 その視線が、仮面の死体へ戻る。


 そして、静かに呟く。


「――これは密室じゃない。“密室に見せかけた舞台”だ」


 その声は誰にも聞こえなかった。


 だが、確かにその場にいた全員が、同じ疑念を心の中に抱いていた。


 ――犯人は、まだこの中にいる。


 そして、これは単なる侵入ではなく、もっと深い“何か”が仕組まれている。


 死体は仮面をかぶり、鍵術で封印を解き、まるで“劇の主役”のように舞台の中央――宝の前で倒れていた。


 芝居だ。


 誰かが、全員を舞台に引きずり上げようとしている。


 それに気づいた者は、まだ数人しかいない。


 そして、その者たちは、静かに思考を深めていく。


 ――次に仕掛けられる罠が、いつどこに現れるか。


 誰が“観客”で、誰が“役者”なのか――それすらも、まだ分からないまま。

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