第19話 再会と、朱の陰り
オルフェス冒険者ギルドの扉を押し開けると、潮風に混じって古い木と革の匂いが鼻をかすめた。
昼下がりの帳簿整理、受付嬢のペンの音、ちらちらと掲示板を見ている冒険者たちの姿。
港町の喧騒とは違う、冒険者の“静かな熱気”がそこにはあった。
「なんか、久しぶりにギルドに来た気がするな!」
アランが目をきょろきょろさせながらつぶやく。
「依頼票の数も、書式もちゃんとしてる。管理がしっかりしてるんだろうね」
レオンは相変わらず冷静だが、どこか楽しそうだった。
掲示板に目を移そうとしたその時。
「やあ!そっちの坊やたち、見た顔だと思ったら、やっぱり!」
その声に振り向いたアランとレオンの目に、懐かしい人物が映った。
赤褐色の髪を後ろに束ね、金属の肩当てに剣を背負った、凛とした女性。
レーネ・ヴァルド。かつてラトールの町で共に依頼をこなした、元・朱猿騎士団の冒険者だった。
「レーネさん!」
「これは運命かな?ここで会えるとは思わなかった!」
アランが駆け寄り、笑顔を浮かべる。レオンも、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「二人とも無事で何より。あの時の剣筋、覚えてるわ。こんな短い期間で、あの時よりも逞しくなってるみたいね」
レーネは微笑みながら、軽くアランの肩を叩く。
ほんの一瞬、彼女の瞳が揺れたのを、レオンは見逃さなかった。
「実は今、少々面倒なことになっていてね」
レーネの表情が少し曇る。彼女はギルドの片隅の空席へ二人を導き、声を潜めて語り始めた。
「ラトールに帰った後、私たち朱ノ花のメンバーはギルドに向かった。でも、そこで“あいつら”に目をつけられていたことを知ってね。」
「“あいつら”……?」
「特別騎士団だよ。あの、ゼフィナっていう、元同僚が率ている騎士団さ。彼女らにとって、私たちは“前時代の残党”らしい」
アランとレオンの間に、ぴりりとした空気が走った。
「私たちは……逃げるようにしてこのオルフェスに辿り着いたの。でもありがたいことに、領主が腕の立つ者を求めていてね。今は屋敷の護衛をしてる」
「ギルドに何の用だったんです?」
「護衛の増員よ」
レーネの口元が、少し困ったように歪んだ。
「数日前、屋敷に届いたんだ。手紙が――怪盗アルセレーヌからの、挑戦状みたいなやつがね」
「怪盗……!」
アランの心に、先日市場で見かけたあの旅商人風の女の顔が浮かぶ。あのときの軽やかな笑み。鋭く見えた目。
「宝を狙われてる。でも、領主は表沙汰にしたくないらしくてね。だからギルドを通して、増援を募ってる。けど……見ず知らずの連中より、私は君たちを信頼したい」
レーネの目が真っ直ぐにアランたちを見た。
「もちろん無理は言わない。でも、どうかな。あの時みたいに、また手伝ってくれないか?」
アランは、ちらりとレオンを見た。レオンは目を伏せ、考え――そして、頷いた。
「あなたたちには、勉強もさせてもらった。また、一緒に依頼ができるなら、もちろん力になる。」
「そうだな!俺たちで、力になれるなら、やるよ!」
「ありがとう」
レーネが、心の底から安堵したように微笑んだ。
「屋敷の警備は明日から本格化する。今日は準備日だけど、少し早めに来てくれると助かるわ。宝のある“展示室”も、実はただの飾りじゃなくてね……そこも、説明しておきたい」
「“ただの飾りじゃない”?」
「詳しくは屋敷で。……あの宝、いわくつきなんだ」
その一言が、アランたちの胸に不安の種を落とす。
けれど、何かを信じるようにレーネは微笑んだ。
「戦場は冷静が勝ちを呼ぶ。これは私の信条だけど、今のあんたたちなら、大丈夫よ。そう思えるわ」
アランとレオンは、言葉を交わさずに頷いた。
潮風の中、ギルドの扉がまた静かに開かれる。
新たな戦場が、すぐそこに迫っていた。