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第16話 潮風に誘われ

港町オルフェスの朝は、魚の焼ける匂いと船乗りの怒鳴り声で目を覚ます。

白い石畳に潮風が吹き抜け、船の帆とともに看板がパタパタと踊っている。


「わあ、海が……本当に広いんだな」


アランが感嘆の声を上げた。

旅の途中で川や湖は何度も見たが、海は初めてだった。

陽光にきらめく水平線の先、遠くに帆を広げた貿易船がゆっくりと動いている。

 

「オルフェスだぜー、久しぶりだなァ!」


ゴードンが肩を回し、荷竜モークの手綱をくるりと巻いた。

「さてと、俺はひと足先に宿と酒場に行っとく。飲みたきゃ来い、奢ってやる。ただし――つまみはうまいもん頼むぞ?」


「はいよーっ!」


「任せろ!」とアランとリィナが即答した。


「……塩辛いものは避けてくれ。喉が渇く」


レオンは無表情でそう言ったが、口元は僅かに緩んでいた。


「んじゃ、またあとでな。モーク、いくぞ」


「ボォォン♪」

モークも軽やかに一鳴きして、ゴードンと共に路地の向こうへ消えていった。

 

港に隣接する市場は、まさに“食の迷宮”だった。

干物、スパイス、貝焼き、串刺し魚に丸焼きスイカ

どこもかしこも湯気と香ばしい煙に包まれて、アランの目は輝きっぱなし。

 

「よう兄ちゃんら、初めてか? オルフェスの市場は」


陽焼けした大柄の男が声をかけてきた。片手に焼き貝、もう片方には巨大な干物串。


「俺はハルク、漁師だ。見てみな、こいつは“潮吹きサバ”。串ごと火に炙ってから、海水スプレーでジュワッと締めるんだ」


「うまそう!」


アランが飛びつくと、横からひょこっと若い男が顔を出した。


「……食べ過ぎると、夜に胃がびっくりしますよ」


笑顔のまま囁いたその少年は、カイと名乗った。

見習い漁師だというが、どこか目線が観察するように冷静で、話すたびに空気がすっと冷える。


「君たち、どこから来たの? 冒険者? 旅人? それとも、……別の?」


「えっ、別のって?」


「さあ、どうでしょうね」

 

そのときだった。


「盗人だーっ!!」


市場の一角から叫び声が上がった。次の瞬間、スイカを抱えて全力疾走する影がひとつ。


「カルロォォォ!またかよ!」「スイカ丸ごとは反則だぞ!」


「わーっ!違う違う、俺じゃない!俺の影が勝手に動いたんだってば!」


カルロと呼ばれた青年は、あっという間に群衆に取り囲まれる。


「……ほんとに毎日だな」


「昨日はカニだったわよ」

 

「おい、大丈夫かあいつ……?」


アランが眉をひそめると、リィナがため息をついた。


「たぶん、止めてやらないと死ぬわよ」


「だよな!」

 

アランたちが駆け寄り、半ば押しつぶされかけていたカルロを引っ張り出す。


「す、すまん……助かった……!いや、これは違うんだ、本当に!俺はただスイカと話してただけで──」


「スイカと話すな!」

 

その一連の騒ぎを、少し離れた場所で見ていた笛吹きの青年がいた。

銀の髪、流れるようなコート、腰には木笛と短剣。


「この港には、潮の匂いと、嘘の匂いが満ちている」

男──吟遊詩人ジンは、アランたちを見て微笑むと、笛を一吹きした。


その旋律はまるで、港に立ち上る蒸気のように淡く、消えていった。


「君たち、面白そうだ。いつか、歌にさせてもらうよ」

そしてジンは、それ以上何も言わず、人混みに紛れて姿を消した。

 

「なんだったんだ、今の……?」

アランがぽかんとする隣で、レオンがぽつり。


「詩人、らしいよ」

 

陽も傾き始めた頃、一行は干物や焼き魚、貝のスパイス炒めなど、地元の“うまそうなつまみ”をしこたま手に入れていた。


カルロは「スイカを返すまで許してもらえない」と言って引きずられていき、ハルクは「また明日な!」と笑いながら漁に戻っていった。


カイは少し離れた通りの影から彼らを見つめていたが、その表情は笑っているようで、どこか寂しげだった。

 

「さて……つまみも集まったし、行くか。ゴードンが待ってるだろ」


アランが笑い、袋を軽く掲げた。


「“奢り”って言ったもんな。今夜は飲むぞ〜!」


「港町に合うさっぱりとした酒がいいな。」


「美味い料理に合う酒教えてもらえるかなぁ」


港町の夕暮れが金色に染まるなか、アランたちは酒場へと向かう。


新たな出会いと、潮風の残る市場を背にして――。


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