第12ようこそ”しんじつ亭”へ!
夕暮れの王都リュミエール。
ギルドでの解体訓練を終えたアランとレオンは、汗と埃にまみれた一日を終え、石畳の道を歩いていた。
「明日は下水掃討の依頼だってさ。スカーボー、だったか」
アランが眉をしかめる。
「ねずみ型モンスター。素早くて群れる。油断すれば囲まれてやられる」
隣を歩くレオンが、冷静に補足する。
「うわあ……あんまりやりたくねえな」
その後ろから軽やかな足取りが追いついた。
「まったく、男ってどうしてモンスターの話になると顔しかめるんだか」
ティナ・フレアベルが肩をすくめて笑った。
「ティナ、お前も一緒に行くんだろ?」
「えっ行かないけど?」
アランは大きく伸びをして、空腹を訴えた腹を押さえる。
「……それより腹減った! どっか飯行こうぜ。うまいとこ、ないか?」
レオンが思い出したように口を開いた。
「イリナが言っていた。“しんじつ亭”。安くてうまい定食屋らしい。情報も入るとか」
「“しんじつ亭”? あー、聞いたことある」
ティナが頷く。「街角の小さな食堂。ルルって子が働いてるとか」
「へぇ、詳しいじゃん」
「ま、噂くらいはね。……ただの定食屋じゃないって話もある」
三人の影が夕日の中に長く伸びていく。
次なる目的地――その名は、《しんじつ亭》。
腹と心を満たす場所であり、街の裏の動きも垣間見える、小さな交差点。
明日の依頼に備えた作戦会議と束の間の休息を求めて、三人は暖簾をくぐった。
◆
《しんじつ亭》は、市場通りの外れにひっそりと佇む木造の食堂だった。
柔らかな灯りが窓から漏れ、心を落ち着けるような香草と出汁の香りが鼻をくすぐる。
扉を開けた瞬間、鉄鍋の音、木製食器が触れ合う音、冒険者たちの談笑が三人を包んだ。
「いらっしゃいませっ! 三名さまご案内しまーす!」
元気な声が響き、現れたのは金髪ポニーテールの小柄な少女。皿を片手に動きは機敏で、目がきらきらと輝いていた。
「……君が店員さん?」
アランが思わず問いかけると、少女は胸を張る。
「ルル・ミント! しんじつ亭の看板娘で、最強の案内人だよ!」
あっという間に席へ案内され、水と注文票が運ばれる。
「本日のオススメは、“竜肉の生姜焼き定食”と、“空芋の煮っころがし”。三人とも、お腹ペコペコでしょ?」
注文を済ませると、ルルはくるりと振り返った。
「ねえ、あんたたち。明日の依頼、下水掃除でしょ? スカーボー相手のやつ」
「なんで知ってんの?」
アランが驚くと、ルルはウインクして答える。
「この店、情報が集まるの。耳のいい人間には、ね」
「看板娘の観察眼は伊達じゃない、ってわけね」ティナがくすっと笑う。
ルルは少し顔を曇らせて付け加えた。
「最近、あのネズミたち、様子が変なの。妙に数が増えてて、群れ方が不自然。まるで……誰かが意図的に動かしてるみたい」
「まるで餌で釣ってるような、ってことか?」
レオンの問いに、ルルは頷く。
「それに、街の空気もちょっと変。陽気すぎる人たちが増えてるのよ。笑いながら泣いてたり、道端で踊り出したり……何か、妙なの」
三人の表情が引き締まる。そこに厨房の奥から、割烹着を着た屈強な男が料理を運んできた。
「竜肉定食三つ、空芋の煮っころがし二つ。……食ってけ」
ぶっきらぼうな声だったが、どこか温かみがあった。
「……あの人が“オヤジさん”?」
「うん。あれでも優しいんだよ」ルルが笑った。
アランは湯気の立つ竜肉に目を輝かせた。
「よし、まずは腹ごしらえだな。そして明日は、モンスター退治に街の異変の手がかり探し……だな!」
「合理的だ」
「手は抜かないよ」ティナもフォークを握る。
しんじつ亭の夜は、騒がしく、あたたかく、そしてどこか胸の奥に沁みるようだった。
明日もまた、彼らにとっての“冒険”が始まる。 そして街の影に潜む異変が街に忍び寄る