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第15話 お気に入りの太っちょ

森の中に、突如として響き渡る――獣の咆哮。

耳を劈くようなその声に、空気が震える。

 

「っ……なんだ、今の……!? 熊か!? 魔獣!?」

ケイトがハンマーを握りしめ、身構える。焚き火が風に煽られ、赤く跳ねる。

「ボリス、ユリア、下がってろ! 俺が――」

 

——ガサッ。

 

木々を薙ぎ倒し、それが姿を現した。

漆黒の毛皮に、赤く光る両目。肩まで届く爪。牙を剥き出しにし、地面を踏み割って進んでくる。

「……おかしい、怒りが異常すぎる。こんな魔物、見たことない……!」

ユリアの声が震えていた。

「魔力に……怒りの魔法がかかってる……? でも、誰が……」

 

ボリスは、思わず後ずさった。

頭の奥が、焼けるように熱い。目の前の獣と同じように、自分の内側でも“何か”が暴れていた。

(おかしい……鼓動が……速い)

拳を握る。奥歯を噛みしめる。

怖い――でも、仲間を守らなきゃ。

 

「俺が、引きつける! こっちだっ!」

 

盾を構え、獣の突進に正面から立ちふさがる。

轟音。激突。土煙が舞い上がる。

——しかし、次の瞬間。

 

バキィッ!!!!

 

盾が砕け、ボリスの身体が吹き飛ばされる。

「ぐ、あああッ!」

地面に叩きつけられ、口から血が溢れる。

 

「ボリス!!」

叫んだのは、ユリアか、それともケイトか。

立ち上がれない。目の前がかすむ。

その視界の中で、ケイトの背中が見えた。

「ユリアを守れ! ボリスを頼む!」

そう叫んで――彼は獣に、真正面から飛びかかった。

 

「ケイト、だめっ! それじゃ――!」

 

獣の前脚が振り上げられた。

そして――ケイトの身体が、弾けるように宙を舞った。

 

「……あ」

ユリアの口から、声にならない叫びが漏れる。

赤いものが飛び散る。

何かが、終わった音がした。

 

「……ケイト?」

 

ユリアが崩れ落ちる。ケイトの名を呼びながら、何度も、何度も。

ボリスは、地面を這いながら手を伸ばす。

声にならない――震える指先だけが、ケイトに届きそうで、届かない。

 

そのとき、獣はふいに身を翻し、森の奥へ消え去った。

唸り声だけが、遠くに響いていく。

 

沈黙が降りた。

 

「なんで……」

ユリアの声が震えていた。

「なんで、こんなことに……」

そして、彼女はボリスの方を向いた。

その目には、憎しみとも、悲しみともつかない、混じり合った感情が宿っていた。

 

「あなた……魔力、異常だった。あのときから……ずっと」

「……!」

「でも、信じたかったのに……私たちのこと、信じてくれてるって……思いたかったのに……!」

 

彼女は涙を流しながら、ケイトの身体を抱きかかえた。

何も言わずに、歩き出す。

ボリスに背を向けたまま。

 

「待って……俺は、ただ……!」

言いかけて、言葉がつまる。

手を伸ばしても、もう誰にも届かない。

 

焚き火は消えていた。

森の中に、風の音と、ユリアのすすり泣く声だけが残っていた。

 

(俺のせいだ……)

怒りを、抑えられなかった。

無自覚に発していた“魔力”が、モンスターの凶暴性を煽った。

それすら気づけなかった。

——守ろうとした力が、仲間を壊した。

 

「ヒーローごっこ、なんて……しなきゃよかった」

かつての自分の声が、頭の中にこだました。

 

現在。小屋の外には、もう雨は降っていない。

月明かりの中、仲間たちの背中が見える。

アラン。リィナ。レオン。

そして、自分自身。

 

「……今度こそ、守ってみせる」

口の中で、小さく呟く。

「誰も失わないために。俺が、仲間であるために」

盾を握る手に、力が入った。

——それが、ボリス・ミールハルトの決意だった。

 

朝霧が残る静かな森。雨はすっかり上がり、小屋の裏手に差し込む朝日がじんわりと木の壁を照らしていた。

小屋の外では、薪をくべた焚き火の上で、ボリスが黙々と鍋をかき回している。立ち上る湯気の中に、ほんのりとバターとハーブの香りが混ざり、朝の空気を柔らかく包んでいた。

 

「お、いい匂い……って、もう作ってたのかボリス!」

アランが寝袋から顔を出しながら嬉しそうに声をかける。

「うん、朝はしっかり食べたほうが元気出るからな。胃に優しく、栄養もあって、ちょっと温まるやつをな」

と、フライパンで炙ったハーブソーセージと、野菜とチーズのスープを次々と木皿に盛りつけていくボリス。その表情には、昨夜の決戦の疲れも、過去の影も、もうほとんど見えなかった。

 

「はい、できたぞ。冷めないうちに、食え」

彼がそう言うと、ぞろぞろとみんなが焚き火のそばに集まってきた。

「いただきまーす!」

アランが勢いよくスプーンを突っ込み、目を丸くする。

「うまっ! これ、朝から元気出る味だな!」

「……確かに、味付けも計算されてるわね。スパイスの香りが効いてる」

リィナも珍しく褒め気味に言い、スープを口に運ぶたびに「ふーっ、あったまるわ……」と顔を緩めた。

 

「……モーク、あんた食べるのそれ?」

荷竜のモークも自分用の桶に顔を突っ込んで「ボォォ〜」と満足そうに鼻を鳴らす。

その様子を眺めながら、ゴードンが眉をしかめつつニヤリと笑った。

「ボリス、お前何か言いたいことあるんじゃないか?」


「…俺は、ひとりでやるって、ずっと思ってた。でも…昨日、あいつを守れなかった時、またダメかって…過去が頭をよぎってさ」

アランとリィナが一瞬視線を交わす。レオンもそっと顔を上げた。

 

「だけど、最後のあの連携で……ああ、違うんだって思った」

ボリスの声が少しだけ、熱を帯びる。

「俺は、もう一度、誰かと一緒に冒険したい。

守りたい。笑って、飯食って、死にかけて、それでも、誰かの横にいたいって。」

そう言って、彼は少しだけ顔を上げた。

「だから…もしよければ、俺を仲間にしてくれないか?」

ボリスは、手の中のスプーンを握ったまま、言葉を探すように視線を下げていた。

「…なあボリス。聞いてもいいか?」

「ん?」

「なんで仲間にしてくれ、なんて言い出すんだ? お前ら、もうとっくに仲間だろ?」

焚き火の火がパチ、と弾けた音とともに、場に一瞬静寂が流れる。

その瞬間。

「……仲間ってのは、そうやって作るもんじゃないと思うけどな」

レオンが珍しく口を開く。その声は、少しぶっきらぼうだったが、どこか温かい。

「一緒に飯食って、戦って、背中預けた奴を、敵とは呼ばないだろ。これからも一緒にいたいなら……勝手にすればいい」

 

「そうそう!」

アランがスプーンを振り回しながらにっこり笑う。

「もう仲間みたいなもんだろ! 一緒に冒険しようぜ! 飯も美味いし!」

リィナがため息交じりに笑った。

「美味しいご飯作れなくてごめんなさいね。これからも頼むわね。ボリス!」

  

ボリスは目を見開き、少しだけ、目尻をぬぐった。

「……ありがとな」

 

「……さて、じゃあ新しい仲間に乾杯……は、ないか。朝だから」

ゴードンが冗談まじりに肩をすくめると、アランが笑った。

「じゃあ、代わりに……おかわりー!」

「よしよし、すぐ作るから待ってろ!」

「ボォ〜♪(俺も!)」とモークが鳴いた。

焚き火のそばで、小さな笑い声が交錯する。

森に差し込む陽光のなか、旅の再出発の朝が、静かに、そしてあたたかく始まった。


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