第13話 余韻、勇気
ガメルドの巨体は、森の一角を大きく抉るように倒れ伏し、すでに意識を失っている。あたりには、戦いの名残が漂っていた。
湿った草の香り。焼け焦げた土の匂い。かすかに残る酒の香りと、安堵。
焚き火のそばでは、アランとレオンが肩を並べて座っていた。リィナは火を見つめながら、まだ腕輪を握っていた。ゴードンとモークは、荷車の確認を終え、倒れた木の上でひと休みしている。
その輪の少し外れで、ボリスはひとり、夜の空を見上げていた。
――また、守れなかった。
そう、あの瞬間――リィナが吹き飛ばされたとき、脳裏に過去が甦った。
あの時と同じだった。
かつての仲間、幼馴染三人で始めた冒険者の旅。守れると信じていた。盾がある限り、誰も傷つけないと。
けれど、あの日――森の奥で出くわした魔物に、彼は、仲間を守ることができなかった。
笑顔が崩れ落ち。怒声が響き、そのあとに訪れた沈黙。
それ以来、ボリスはひとりになった。
自分が守ろうとすればするほど、誰かが傷つく。ならば最初から誰とも組まず、一人でいればいい。誰も守れなければ、誰も傷つかない。
そう思っていた。
だけど――。
(違った)
リィナが吹き飛ばされるのを見て、無我夢中で走った自分がいた。
アランが叫び、レオンが支援魔法を飛ばし、リィナが剣を投げて、ボリスがフライパンを振り下ろす。
あの最後の一撃。決して一人ではできなかった。
誰かと動きを合わせて、力を繋げて、初めて届いた攻撃だった。
今の自分には――攻撃する力がある。
誰かの背中を守るだけじゃない。前に出て、共に戦える。
「ボリス?」
リィナの声に、ふと振り返る。
彼女はいつものように、気怠そうに手を振っていた。だが、ほんの少しだけ、その瞳には柔らかい光が宿っていた。
「……さっきは、ごめんね。あたし、飛ばされたの、あんたのせいじゃないから」
「いや……俺のせいだよ」
ボリスは素直に言った。重たい声だった。
「盾を掲げるのが、俺の役目だった。でも……あの時、敵の注意を逸らせてなかった。リィナを守れなかったのは、俺のミスだ」
「そう?今回はあの腕輪のせいだし、私の自業自得よ。」
リィナが、ほぉん、と肩をすくめる。
「でも……あんたが最後に決めたじゃん。すっごいフライパンだったし?」
くすっと笑うその声に、少しだけボリスの肩の力が抜けた。
「……昔、仲間を守れなかったことがあるんだ」
ふと、ぽつりと打ち明ける。
「だから俺、ずっと一人で冒険してた。誰かを守れなかったのに、一緒にいたらまた傷つけるかもしれないって……思ってたんだ。でも……違った」
手元のフライパンを、ぎゅっと握る。
「あの時……アランやレオン、リィナがいたから、俺はちゃんと敵に立ち向かえた。守るだけじゃない。攻撃して、勝ちにいけた」
空を見上げると、夜の雲はすっかり晴れていた。
星がいくつも、瞬いていた。
「もう一度、誰かと冒険したいって……今日、思ったよ」
言葉にするのは、少し照れくさかった。けれど、胸の奥が少しだけ、あたたかくなる。
リィナは何も言わずに、そっと彼の肩を小突いた。
その仕草に、何かが伝わったような気がした。
焚き火のそばに戻ると、アランがにっこり笑って手招きしていた。
「ボリス! こっち来て一緒に食おうぜ! ゴードンさんが〆の雑炊作ってくれた!」
「ボォ〜♪」
モークの鼻歌が、夜の空気に響く。
ボリスは、一度だけ深く息を吸ってから、仲間たちの輪に向かって歩き出した。
鍋と盾と、ちょっとした勇気を手に。