第12話 酔いどれ蛙
轟音が夜の森にこだました。雷のような衝撃波が木々を震わせ、土を跳ね上げる。
「ぐあッ……!」
ボリスの鍋盾が軋み、彼の身体ごと吹き飛んだ。
「音波攻撃!? 耳が……っ!」
レオンが呻きながらも、急ぎ遮音結界を展開する。
「跳ねてくるぞ!」
アランの叫びと同時に、巨大なガマ蛙のような魔物が、空を舞って降り注いだ。全長三十メートル超、背中には分厚い亀のような甲羅。着地と同時に、大地が軋む。
それは――《雷手のガメルド》。
「やべぇな……なんだあの化け物……!」
リィナが鋭く舌打ちする。
粘液に包まれた前脚が地面を滑らせた。次の瞬間、両手を叩く。
「ドォォンッ!!」
衝撃波が音の壁となって押し寄せた。
防御を間に合わせたレオンとリィナを除き、アランとボリスが吹き飛ばされる。小屋はとうに潰され、逃げ場はない。
だが、そのとき――
「……酒に、弱そうだな」
不意にゴードンが呟いた。
「え?」
全員の視線が、荷車に飛び乗ったゴードンに向けられる。
「アイツ……酒の匂いに釣られて来た。ってことは……」
その顔に浮かんだのは、酔竜の異名を持つ男らしいニヤリとした笑みだった。
「よぉし、モーク! “祝い酒”をくれてやれ!」
「ボォ〜ン!」
モークが鼻を鳴らし、器用に小さな樽を口にくわえて振りかぶる。
「いっけええええッ! 一升瓶アタァァックッ!!」
小樽がポイ、と緩く投げられ、回転しながらガメルドの足元に転がった。
……クン。
巨大な鼻先が、酒の匂いを嗅ぐ。
「飲め! 飲め飲め飲め!!」
アランの叫びとともに――
ベロォ……ンッ。
長くぬるりとした舌が伸び、小樽ごと樽酒を口内に吸い込んだ。
しばしの静寂。
そして。
「……クォォ……グラ……ラ……」
ガメルドの巨体がふらり、とよろめいた。
「お……おい、酔ってないか、あれ?」
リィナが半信半疑の声を漏らす。
「マジで!? 本当に酔ってんの!?」
「バカみたいに酒弱いんだ、あいつ……! よし、作戦変更だ! “酔わせて倒す”作戦だ!!」
ゴードンが叫び、モークが次なる小樽をくわえる。
「今だッ! “モーク弾丸酒タックル”ッ!!」
モークが加速し、ガメルドの下顎めがけて一直線に小樽を放る。命中。
ガメルド、二度目の酔い。
「グラ……グララ……ボン、ボン、ボォ〜♪」
「踊ってる!? いや、回ってるだけか!? どっちでもいいけど隙だッ!!」
アランが飛び出した。レオンが支援呪文を唱える。
「《氷の刃、影を穿て──闇鏡氷葉》!」
足元が滑り、ガメルドがよろめく。
そのとき、リィナがナイフを投擲。ナイフにはレオンの氷と雷の混合魔法が込められていた。
「食らいなさい! 《雷芯》!」
命中。雷光が口内を弾ける。
「よし……今だ!! アランッ!」
「風牙・――《虎砕ッ!!》」
跳躍したアランが、雷に晒された内部へ剣を突き立てる。ちょうどそのとき、ガメルドが酔って仰向けに転倒し、分厚い甲羅の裏がむき出しになっていた。
「ボリス!」
「いっけえええ! 《鉄皿衝ッ!!》」
巨大フライパンが振り下ろされ、鍋の盾で押し込み、硬い腹甲に叩きつける。亀甲にひびが走る。
雷、氷、風、鋼、そして――酔。
すべてが交差する瞬間だった。
ガメルドが、地鳴りを上げて倒れ伏す。
「……や、やった……」
リィナが肩で息をしながら呟いた。
「まさか、本当に……酒で……」
レオンが呆然とし、ボリスが空になったフライパンを掲げた。
「うおおおぉぉ!! 勝利ィィィ!!」
「いや、今回は酒のおかげだろ……」
アランが笑いながら倒れこむ。
「ったく……誰だよ、この腕輪“モテる”って言ったやつ……!」
リィナがぷいっと顔をそむけ、腕輪をそっと外す。
「“モンスターに”モテる、って注意書きがなかったのが悪いわ」
ゴードンはというと、倒れたガメルドの背で、モークと乾杯していた。
「竜も魔物も、やっぱ酒が命だなァ……」
静寂が、森を包んでいた。
あれほど激しく降っていた雨は、いつの間にか止んでいた。雲の切れ間から、ほんのわずかに星がのぞいている。どこか遠くで、フクロウが低く鳴いた。