第10話 雨に混じる、地響き
雨音がとんとん、ぽたぽたと屋根を叩く。皆が落ち着いたころ、レオンが何気なくリィナの腕を見やる。
「その腕輪……いつの間に?」
「あぁ、これ? さっきの酒場でバルツって男から。『モテる女にこそ似合う』んだって」
リィナはくるくると腕輪を回しながら肩をすくめる。
「ますますトラブルを呼び込みそうだな」
「はは、それなら“腕輪の呪い”ってことでひとつ酒の肴にでもしてよ」
彼女が冗談めかして笑うと、ボルドが「それいい!」と手を叩いた。
「この雨じゃ今日はここで一泊だな」
ゴードンが腰を下ろすと、荷袋からゴトゴトと鍋と材料を取り出す。
「よし、せっかくだ。うまいスープを作ってやる。酒香る“山の番人風”といくか」
「じゃあ僕も!」
ボルドが背中から大きな鉄製フライパンを取り出して、ニコニコと構える。
「火は僕に任せて。焦がさないって評判なんだよ、こう見えて!」
アランは笑いながら火起こしを手伝い、レオンは「食材の配分は計算しておけよ」とぶつぶつ言いながら木の実を選り分けていた。
そのときだった。
「……ねえ、モーク、なんか唸ってない?」
アランが小屋の外、荷竜の方を指差す。
「ほら、なんか、リズム取ってるっていうか……『ボォ〜ン……ボンッ……ボンッ』って」
「お?」
ゴードンが顔を上げると、モークは確かに鼻を鳴らして、雨音に合わせるように「ボォ〜ン……ボボン♪」と小さく唸っていた。
「おいおい、お前さんご機嫌だなぁ。これは“マルシュ鳴き”ってやつさ。ご機嫌なときだけ出る音だ」
「へぇ……」
「じゃ、せっかくだし……こいつも出すか」
そう言ってゴードンが荷車の下から取り出したのは、古びた木の笛。
「祝い事に吹く“酒蔵の祝い笛”だ。昔、酒屋で手伝ってたころに覚えたんだ」
軽やかな音が小屋に響く。
ひと吹き目は、田舎の祭りでよく流れる素朴でにぎやかな旋律。モークがすぐさま鼻で合わせ、「ボォ〜ン♪ ボンボンッ♪」と拍を取り始める。
「やるな、モーク!」
「ふふ、じゃあ次は俺の番だ!」
ボルドがフライパンの縁をスプーンで叩き、タンタン、カンカンと器用にリズムを刻む。
リィナは手を鳴らし、アランは笑いながら踊り出し、レオンでさえも目を細めて手拍子を合わせる。
焚き火がぱちぱちと踊り、鍋からはうまそうな湯気が立ち昇り、笑い声が混ざり合う。
街も遠く、魔物もいない。誰に遠慮もいらない、ひとときの宴。
それはまるで、忘れかけていた旅の魔法だった。
荷竜モークの「ボォ〜ン、ボンボン♪」という鼻歌に合わせて、ゴードンの祝い笛が素朴な音を響かせる。焚き火の明かりの中、アランがタンバリン代わりに木の皿を叩けば、リィナがくるりと身を翻し、即興のステップを刻む。
「なんだこれ、意外と……楽しいじゃん」
ボリスが大鍋を盾に、フライパンで縁を叩きながらコミカルに跳ねる。どこか太鼓芸人のようで、思わずアランが腹を抱えて笑った。
「おまえ、戦う時もそれでいけるんじゃねえの?」
「それが僕の武器だからねっ!」ボリスが誇らしげに腰の大鍋を叩く。
レオンもどこか肩の力を抜いて微笑んでいた。時おり、外を叩く雨音に耳を傾けながら。
「……けど、この雨、ちょっとおかしい」
「おかしい?」リィナが首を傾げる。
その時だった。
ゴロロォン……と低く、地の底から響くような雷鳴が轟いた。今までのものとは違う。音が、妙に……湿っている。
いや、それは――
「……足音、か?」
レオンが立ち上がると同時に、小屋の外で木々がざわめき、湿った地面がぐにゃりと軋んだ。焚き火が揺れ、モークが低く「ボォ……」と唸った。
「何か来る!」
次の瞬間、小屋の壁が吹き飛んだ。