第5話 偶然の出会い
神殿の朝は、いつも静寂と祈りから始まる――はずだった。
だがこの数日は、違った。
「グレゴール様ー!ハトがっ!帽子がっ!ハトがカツラをかぶって飛んでいきましたー!」
「なッ……!!ミアーーーーッ!!!」
怒声が聖堂中に響き渡る。高位神官グレゴールが額に青筋を浮かべて、逃げる小さな影を追っている。
彼の頭は……禿げ上がったままだった。
その騒ぎの主――ミア・エスペランスは、跳ねるような動きで大理石の廊下を走り抜けながら、振り返って笑った。
「うっかり☆ちょっと遊んだだけなのに~!神様、今日もいい風吹いてる~♪」
振りまかれる笑顔ときらめく光。
周囲の神官たちは顔を青くし、通路の端に避けていく。
「……またか、あの聖女」
「一応、奇跡を起こす存在なんだけどな……」
「頭の奇跡を止めてくれ」
そんな騒動の一方で、アランとリィナは訓練室にて、静かに魔法の習得に励んでいた。
「風刃――!」
アランが放った風の刃が的を切り裂く。何日か通い、ようやく初級魔法が安定して使えるようになってきた。
「……よし、やっと感覚が掴めてきたか」
「火球も行けるようになったわよ」
リィナも雷の電流を掌に走らせ、見事な放電を見せる。
「雷撃!って感じかな……よし、まあまあってとこね」
二人の額には汗がにじんでいたが、互いに満足げな表情を浮かべていた。
グレゴール神官長はその様子を見て、静かに頷く。
「……二人ともよく努力している。基礎を覚えるのに必要な素質と意志、十分にある。明日も来なさい」
「また、ですか?」
「当然だ。魔法とは、積み重ねなのだよ」
「へへ、わかりました」
アランは素直にうなずき、顔を拭いた。
訓練を終え、神殿の廊下を歩いていた時だった。
聖堂の側面にある渡り廊下――
そこに、一人の青年が立っていた。
アランとほぼ同じ年頃。
整った顔立ちと、磨き抜かれた鎧。そして左胸には――桜虎騎士団の紋章。
その目が、アランを真っ直ぐに射抜いた。
「……やっぱり、間違いない。お前がアランだな」
アランは思わず立ち止まった。
「え、あんた……誰だ?」
「僕はアレン・オーガストレイ。……お前の、双子の“弟”だよ」
空気が、一瞬で張り詰める。
リィナが咄嗟に身構えるが、アレンは剣を抜こうとはしない。ただ、その瞳には鋭い憎悪が宿っていた。
「“捨てられた兄”が、のうのうと冒険者?……ふざけるな。父上と母上に、見捨てられたお前が……」
「は……?」
アランの中で何かが引っかかった。
何を言ってるんだ? 何を知ってる?
「僕はお前を兄とは認めない。オーガストレイ族に生まれた者の責任も誇りも、お前にはない」
「ちょっと待て、俺は――」
「黙れ」
アレンの声音が鋭くなる。
「お前がこの国で名前を上げた時から、こうなるとは思っていた。けれど一つだけ言っておく……二度と、俺の前で“オーガストレイ”を名乗るな」
それだけ言い残し、アレンは踵を返した。
その背には、特別騎士団副団長の風格と、決して埋まらない溝のような影が残されていた。
「……あいつ、ほんとに弟なの?」
アランがぽつりと呟く。
「言葉の真偽はわからないけど……顔は、ちょっと似てたかもね」
リィナが小さく答える。
胸の奥で、答えのない何かが疼いていた。
アランの“過去”という扉が、また一つ開いた。
けれど、その先に何があるのかは、まだ誰にもわからなかった――。