第3話 陽気なぽっちゃり登場
昼前のセリーヌの街は、石造りの道と白壁の建物が陽光を跳ね返し、穏やかににぎわっていた。
南方の風土らしく、道端には露店が並び、香草の匂いや焼き菓子の甘い香りが漂っている。
「――あー、腹減ったぁ……」
アランが頭の後ろで手を組み、うんと背を反らすようにして呻いた。
朝の目玉焼き(裏焦げ)事件が、今になって効いてきていた。
「朝ごはん、物足りなかったからな……」
隣のレオンも、やや不機嫌そうに呟いた。
彼は決して偏食ではないが、「焦げたもの」は苦手なのだ。
「ごめん……確かにあれは、食べられるものじゃなかったわ……」
リィナが気まずそうに苦笑し、胃をさすった。いつもより静かな彼女も、どうやら本気で空腹だった。
そんなとき、突如――
「お腹減ってるなら、パンどうぞ! ウチの自慢のパンだよ!」
太陽みたいに明るい声が、三人の前に飛び込んできた。
「……デブ!」
反射的にアランが口にした。
ふくよかな体型、丸い顔に大きな籠を抱えた少年が、目の前で笑っていた。
「おいアラン、言葉に気をつけろ……“小太りさん”、パンありがとう」
レオンが小声で注意するが、少年は気にした様子もなく、にこにこと笑顔を崩さない。
「僕はぽっちゃり型なだけだからな! それに、パン屋の息子はこれくらいないと説得力ないだろ?」
その明るさに、リィナが思わず首を傾げる。
「……えっ、怒らないの? どういうこと?」
「いいヤツには怒らない主義なんだ!」
そう言って少年――ボリス・ミールハルトは、籠からふわふわのパンを差し出した。ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる。
アランはためらわずにかぶりつき、目を見開いた。
「うまっ……! なにこれ、表面サクサク、中ふっわふわじゃん!」
「もっと食べるかい? 店紹介してあげるよ。ウチの家族がやってるんだ!」
「マジで!? 行こう行こう!」
アランがぐいっと前のめりになり、リィナが肩を竦める。
「まぁ時間はあるし、観光ついでってことでいいんじゃない?」
レオンは呆れたように言った。
「……ついたばかりだぞ」
けれど、笑みを隠しきれていなかった。
「よし、こっちだよ!」
ボリスが楽しげに道を案内し、三人はそのあとをついていった。
パン屋「ミールハルト家の小麦屋」は、街角のほんのり甘い香りに誘われるように立っていた。
木の看板に描かれた小麦と笑顔のパンのロゴが、地元の子どもたちに人気らしい。
「おーい! お客さん連れてきたぞー!」
ボリスが元気に声を張ると、奥から人懐こい声が返ってきた。
「あらあら、いらっしゃいませ!」
出てきたのは、丸いエプロン姿の母親。笑顔の奥にパン職人の風格が漂っていた。
「ボリス兄ちゃん!」
「お兄ちゃん達も冒険者なの?」
小さな弟と妹がぱたぱたと駆け寄ってくる。
「そうよ。私たち、王都から来た冒険者なの」
リィナが優しく応えると、妹が小首を傾げた。
「ボリス兄も冒険者だよ? 友達じゃないの?」
「そこで会ってパンをあげたんだ。もう友達だろ?」
ボリスがえへへと笑う。
「おう、ボリスはもう友達だぞ!」
アランがガッと背中を叩き、二人の間に一気に友情が芽吹く。
「いいなあ、お前ら。……楽しそうだなあ!」
ボリスの言葉には、少しだけ憧れと、照れくささが滲んでいた。
その表情に、レオンもリィナも、自然と笑みを浮かべる。
それぞれの出会いが、少しずつ繋がっていく。
パンの香りと笑い声が満ちる店内で、短いひとときの温かい交流が始まった。
「――えっ、港町オルフェスに行くの?」
パンを頬張りながら聞き返したボリスの瞳が、ぱっと輝いた。
「だったらグルメ、教えてあげるよ! あそこはね、魚が美味しいのはもちろんだけど、露店の“海鮮揚げパイ”は絶対外せないから!」
「おっ、それいいな! 聞いたら腹減ってきた!」
アランがすでに腹を鳴らしかけている。
「うん、しかも――せっかくだから、セリーヌの“スイーツ”も紹介しとくよ!」
ボリスがぐっと胸を張る。
その言葉に、リィナが眉を上げた。
「スイーツ? あんた甘党だったの?」
「当然! 甘いものは、正義!」
と、力強く宣言するボリスの声に店の奥さんも笑った。
こうして一行は、セリーヌでも評判の小さなスイーツ店――《ローザのしずく亭》へと足を運ぶことになった。