第2話 いざ出発!南へ
朝の王都リュミエールは、石畳を照らす陽光に満ちていた。
清々しい風が吹き抜け、広場では商人たちの声が響き始めている。
そんな中、冒険者ギルドの前でアランが大きく腕を伸ばし、意気揚々と声を上げた。
「さぁーて! ご褒美依頼、楽しみますか!」
まるで遠足の朝のような軽やかさだった。
その隣でレオンは、ため息をひとつこぼしながら肩を竦める。
「楽しんでこいって言われると、逆に構えるな……どうにも落ち着かない」
内心では、「何か起こる」と勘が警鐘を鳴らしていたが、口にはしない。
レオン・ヴァルトハイトという少年は、予感を論理より先に信じる性質を持っていた。
「まったく、あたしら調査って名目の雑用でしょ?」
リィナは両手を後頭部に回して伸びをしつつ、不満げに言う。
この王都に来るのは初めてで、本来ならもう少しのんびり観光でもしたいところだ。
だが、現実は仕事。しかも"回収漏れの確認"という、きわめて地味な内容である。
「でも金貨十枚だぜ? 破格だろ!」
アランが言うと、リィナは目を細めた。
「ご褒美依頼って言われたし!思いっきり楽しみましょうよ」
そのやり取りの最中、アランがふと目を細めて前方を指差した。
「おい、あれ……騎士団じゃねぇか?」
馬上の一団が、赤いマントを風に靡かせて進んでいる。
彼らの進路は、自分たちと同じ南方だ。
「同じ方向……ってことは」
「……なんか嫌な予感がするんですけど」
リィナの胸の中で、警戒心がぴりりと走る。彼女の予感は、往々にして当たるものだった。
道中、三人は荒地にて小型のモンスター群と遭遇する。
だが、それは彼らにとってもはや"日常業務"の範疇だ。
アランが先頭で斬り込み、レオンの魔術が敵の動きを封じる。
そしてリィナが、まるで踊るような身のこなしで、敵の懐に潜り込んでは急所を一突き――。
三人の連携は、かつてないほど自然なものになっていた。
「よし、片付いた!」
アランが剣を肩に担ぎながら声を上げた。
「手際よくなったわね、あんたたち」
「それ、褒めてんのか?」
「どう思う?」
リィナがにやりと笑う。そのやり取りに、レオンもふっと笑みを漏らした。
その夜、三人は道中の村で一泊を許され、簡素ながら清潔な宿に腰を落ち着けた。
翌朝、宿の食堂には、どこか香ばしい香りが立ち込めていた。
「お、おい……この匂い……」
アランが鼻を利かせて食堂へ駆け出す。テーブルには、湯気の立つ朝食が三人分きちんと並べられていた。
香草ソーセージと焼ききのこの目玉焼き、そして野菜のスープ。見た目だけなら、王都の喫茶店に引けを取らない仕上がりだ。
「これ……作ったのか?」
「ええ。あんたらよりはマシかと思って」
腕を組んで胸を張るリィナの表情には、どこか子どものような得意さがあった。
「なかなか美味そうだな。見た目は」
レオンも椅子に腰掛ける。だが――。
「いただきまーす!」
三人が一斉にスプーンを伸ばしたその直後だった。
「……おい、目玉の裏、炭じゃねぇか」
レオンが静かに皿を傾けた。目玉焼きの裏側が、見事なまでの焦げ茶色に変色している。
「うっそ……まじで?」
アランも眉をひそめてスープを一口。
「このスープ……しょっぺぇぞ、これ!」
「文句あるなら、自分で作りなさいよ!」
リィナがスプーンを置きながらむすっとした表情を浮かべた。
(これが彼女なりの"朝の気遣い"……らしい)
レオンは呆れながらも、微かに笑っていた。
「……理不尽すぎる」
アランが天を仰いで言う。
「珍しく同意見だ」
同時にレオンが言い、二人の視線がぴたりと合う。
食事を終えた三人は、再び街道へと歩き出す。
目指すは南方へまずはセリーヌ――表向きは簡単な遺跡の調査任務である。