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第1話 王都見学。しんじつ亭のあたたかさ

「うわあ……ここが、王都……!」

リィナが目を見張り、通りの石畳を踏みしめながら感嘆の息を漏らす。


高い屋根の街並みと賑やかな往来、華やかな香辛料の香りと行き交う声――。

地方とはまるで違う世界だった。


「レオン、久々の帰還だな」


「……そうだな。人が多いのは変わってない」

アランがどこか懐かしそうに言い、レオンは眼鏡を押し上げながら周囲を見回す。


「まずは道具の補充だ。使い切った分の補充と明日の準備もしておこう」


「了解~。ねえ、どこ行くの?」


「決まってるさ」


アランは自信ありげに笑うと、ひとつの路地裏へと足を向けた。


ベルダ・ロッソの店は、通りの喧騒から少し離れた場所にある古風な木造の雑貨屋だった。


中に入ると、所狭しと並ぶ道具や瓶、巻物に囲まれ、独特な香草の匂いが鼻をかすめる。


「おやまあ、可愛い子たちが来たじゃない。……アランちゃん、また顔出したの?」


カウンターの奥から現れたのは、たっぷりした赤髪をまとめたベルダだった。


年齢不詳の艶っぽさを漂わせた女店主。


アランの腕にさっそく抱きつき、頬を寄せてくる。

「ちょ、ちょっとベルダさん、やめてってば!毎回それやめて!」


「ふふん、話題の新人さんは違うわねぇ。……ん? この子は?」

リィナを見て目を細める。


「……新入り。リィナ。冒険者仲間だよ」


「へえ……いいわね若いって……。その短剣、うちのオイル使えば切れ味三倍よ。さ、こっち見てって」


「う、うん。ありがと!」

ベルダの手際で、アランたちはポーションや保存食、装備メンテ品をさくさくと整えた。


「おまけしといたわよ、若いって素敵ね。今度お酒でもご一緒に♪」


「いやいや、ベルダさん酒豪だろ!って、リィナ、なんでお前までうなずいてんの!?」


「別に。面白そうだなって思っただけよ」


道具を揃えた後、三人は中央通りの屋台街へと足を伸ばした。

香ばしい煙が立ち上る串焼き屋台から、肉の焼ける音が耳をくすぐる。


「お、これうまそうだな!」

アランは迷わず牛串を注文し、豪快にかぶりつく。


「……ジューシーだ」


「なにその顔、レオン。美味しいなら素直に言いなさいよ」

リィナも焼きトマトと鶏の串を手にして、にやりと笑う。


「お前ら、王都に来てまで屋台で満足するタイプだったとはな。」


「逆にこういうとこで食べなきゃ、王都来た意味ないだろ!」

にぎやかに笑いながら、数本の串を平らげる一行。


食べ終えて一息ついたころ、アランは大通りの一角にある小さな宿の前で立ち止まった。


「さて、泊まるならここが安心だ。金の鹿亭」


木造の看板が軒先に揺れる。扉を押すと、温かな木の香りとともに陽気な声が出迎えた。

「おっ、帰ったかアラン坊主!」


カウンター奥にいたのは、丸太のような腕をした宿主・バロス。顔をくしゃくしゃにして笑っている。

「うわ、懐かしい顔ぶれ……! よく戻ったね!」


小走りに出てきたのは、看板娘のリーゼ。可愛らしい笑顔を浮かべながら、荷物を受け取ってくれる。


「新しいお友達もいるんだね。わあ、リィナちゃん? アランに苦労させられてない?」


「ええまあ……言いたいことは色々あるけど、いいとこもあるわよ、一応」


「おお、なんか素敵にフォローされた気がする!」


「気がする、だけな?」


「うぐっ」

温かな笑い声が宿に響く。


一息ついたあと、アランがふと思い出したように言った。

「そうだ、リィナ。せっかくだから、王都で一番うまい飯屋に案内するよ」


「へえ、名物とか?」


「“腹と心があったまる”って評判の店だ。俺の行きつけ」

王都の外れ、路地を抜けた先。灯りがもれる木扉の小さな定食屋――。


「しんじつ亭よ。名前は変だけど……飯は最高だ」

扉を開けると、香ばしいスープと煮込みの匂いがふわりと迎えてくれた。


煮込みの湯気と香辛料の混じる、どこか懐かしい匂いだ。


「オヤジさん! 定食三つ、いつものな!」

アランが明るく声を張ると、奥の厨房から渋い声が返ってきた。


「おう、相変わらず腹だけは元気だな」


カウンターの奥で鍋を振るっていたのは、白髪混じりの中年男――しんじつ亭の店主、おやっさんだ。

元日本人だと噂されるが、真偽のほどは誰にもわからない。


「アラン! くるの遅いよっ!」


ひょいと顔を出したのは、店の看板娘ルル・ミント。

赤毛を揺らしながら手を腰に当ててアランをにらむ。


「へへへ、相変わらず耳が早いな。俺が扉に手をかけた瞬間にはもう動いてたろ?」


「当然! 情報は命なのよ!」


「かわいい情報屋さんね。ルルちゃんって言うのね。よろしく。」と、リィナが微笑む。


「おっ、見ない顔だな」


おやっさんが目だけでリィナを一瞥する。

渋い目つきだが、どこか気遣いの滲む視線だ。


「はじめまして。アランのおすすめって聞いて、ついてきました」


「たいしたもんは出せねぇが……まあ、食ってけや」


手際よく盛られた三つの定食が、あっという間に木のテーブルに並べられる。


「はいっ、本日の定食ですっ!」


ルルが得意げに運び、三人は声をそろえた。



「「「いただきまーす!」」」

 

焼きたての香ばしい鶏肉、香草で煮込んだ野菜のスープ、ふっくら炊かれた麦飯――

素材の味を活かした、素朴で温かい料理だ。


リィナが、スプーンを口に運んだ瞬間、目を見開いた。

「……あら! ほんとに美味しい!」


「だろ?」と、レオンが珍しく満足そうに頷く。

 

スープは胃の底から温まるような優しい味で、香草がほどよく香り立つ。


焼き鶏には特製のタレが染み込み、噛むたびに旨みが広がる。


麦飯のほのかな甘みと、すべてが絶妙に調和していた。


まるで旅の疲れを忘れさせるような、安心感のある一皿。

 

「ごちそうさまでしたっ!」

一足先に食べ終えたアランが、手を合わせて深々と頭を下げる。


「リィナも食い終わったら、ちゃんと言うんだぞ」


「わかってるってば。……ごちそうさまでした」

にやりと笑ってアランをからかいながら、リィナも続けて礼を述べる。

 

そのままゆるやかに時間が流れる。

誰かが急かすでもなく、けれど不思議と落ち着く空間だった。


「なあルル、南方の都市について、なんか聞いたことあるか?」

レオンが水を飲みながら尋ねる。


「うーん……魚が美味しいって! あと、教会が賑やかだったって聞いたよ!」


「なんだそれ、どこでも聞けるじゃねぇか!」

アランが笑いながらツッコミを入れると、


「そんなことないわよね、ルルちゃん」とリィナが優しく返す。

ルルは得意げに頷き、


「ふっふーん、他にもね、怪盗が狙うお宝があるとか、変な石像が出る遺跡があるとか、武闘会が開かれる場所があるとか……また今度教えてあげるね!」

と、ちゃっかり情報屋気取りで答えた。

 

「……めし食い終わったら、さっさと行け。ウチは狭いんだ」

奥で腕を組んでいたおやっさんが、ぼそりと呟く。


「はいはい、わかってるって!」

アランは笑いながら席を立ち、他の二人もそれに続いた。

 

扉の前でルルが手を振る。

「またねー! 次は変わった依頼話でも聞かせてよ!」

 

「しんじつ亭」の明かりが、王都の夜にほのかに灯っていた。

その温もりが、三人の背中を優しく送り出すように、静かに揺れていた。

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