プロローグ
昼過ぎのギルドは、いつもより少し賑やかだった。
扉を開けて入ってきたアランたちの姿に、いくつかの視線が集まる。
「ただいま戻りましたー……!」
アランが息を吐きつつ、受付へと歩み寄る。
背中には埃と疲れ、けれどどこか誇らしげな空気があった。
「――ずいぶんと、手紙を届けるのに時間がかかったわね?」
カウンターの奥、冷ややかに声をかけたのは、受付嬢のリゼットだった。
腕を組み、ジト目でアランを見下ろしている。
「うっ……す、すみません……」
アランがばつの悪そうに頭を下げると、すぐ隣でレオンが肩をすくめた。
「いろいろと……巻き込まれまして」
「ふぅん? でもまたアランに無茶をさせたんじゃないでしょうね、レオンくん?」
「えっ、それ僕の責任なの!?」
「シェリルから報告受けてるの。あの子、ちゃんと書いてたわ。“氷と闇の魔術師”が、無茶させすぎ”って」
「あの人、面白がって報告してるな…」
レオンが天を仰ぐように嘆くと、奥からグランが豪快に笑いながら現れた。
「まぁまぁ、そのへんにしてやれって。レオン、お前Fランクに上がったんだろ? おめでとう!」
「ありがとう、ございます……」
「それに、アラン、新しい武器になったって聞いたぞ。ちょっと見せてみろよ!」
「へ? あ、これっすか」
アランが背負った剣を見せると、グランは眼鏡を押し上げ、ニヤリとした。
「ほぉ~、良い刃だ。魔力回路が改造されてるな。だが妙に馴染んでやがる。」
「……なあダグラス、こいつ一皮剥けたんじゃねえか?」
背後から現れたのは、筋骨隆々のダグラスだった。
腕を組み、じろりとアランを見据える。
「ふん、見違えたな。試すか? 訓練場でちょっと手合わせ――」
「やめてぇぇぇ!! 今は戦いたくないっ!」
「ハッハッハ! ダグラス、今のアランにゃ負けたら恥だぞ。Gランク様だからな!」
「グラン! それ大きな声で言うなよっ!!」
わちゃわちゃと騒ぐ若手を横目に、別のカウンターではノランが眉をしかめていた。
「おい、お前ら。素材はこれで全部か?」
「はい、これ全部。文句ある?」
リィナが軽く腰に手を当て、ポーチを差し出す。
「……まぁ、悪くはねぇな」
「珍しく褒めたわね、ノラン」
別カウンターで鑑定をしていたイリナが、冷たく言い放つ。
「でも、ちょっとは上達したじゃない。前回よりは、ね」
「さすが……イリナさん、今日も容赦ないっすね……」
「当然でしょ?」
にべもなく言い捨てた彼女の言葉に、アランが小さくうなだれる。
「ちょっとちょっと! 私のこと忘れてない? リィナ様が初登場なんだけど!」
割り込むようにリィナが手を挙げる。
「お、おう……リィナは新メンバーです! 今回一緒に依頼にあたってくれて、すごく頼りになって……」
「ふん、もうちょい気の利いた紹介しなさいよ」
「ご、ごめん……」
「ふふっ、さらに、にぎやかになったわね。面倒見もいいって評判みたいだし、安心だわ」
リゼットが、少しだけ微笑んだ。
「次の依頼は慎重にね。今度こそ、報告書に“重傷”って書かせないでよ?」
「はい、気をつけます……!」
「さて……今回はギルマスからプレゼントよ。無茶して成果を出したご褒美ってやつ。――ほら、新しい依頼もあるから」
リゼットはさらりと告げる。
「それと、ティナちゃんとドランくん。二人ともFランク昇格してたわね。その後中堅のパーティに加わったみたいよ」
「マジで!?」
「早いな、あの二人……」
「あなたたちもそろそろ正式に登録しなさい。はい、考えといてね」
言い捨てるようにそう言って、リゼットは淡々と紙束を整える。
「……なあ、やっぱリゼットさん、俺にだけ当たりきつくない?」
「だから、あんたが毎回無茶するからでしょ?」
リィナの即答に、アランはがっくりと肩を落とした。
「それは仕方ないとして……なぜ俺まで怒られなきゃならんのだ」
とレオンがぼやいたが、誰にも拾ってはもらえなかった。
【Fランク特別任務】
南方・オルフェス支部 遺跡内の魔道具回収業務・残留確認
【概要】
南の遺跡調査任務の後処理として、未回収の魔道具や遺留物がないかの確認調査を依頼します。
※任務完了後の軽作業につき、信頼ある若手冒険者に任せたいとの支部長要望あり。
【報酬】
金貨10枚+宿代・補給費支給
リゼットは依頼票を一枚抜き出すと、手元で軽く叩きながら説明を始めた。
「で、今回の任務だけど――」
彼女の視線が、アラン、レオン、リィナの順に流れる。
「内容は単純。『南方オルフェス支部の遺跡、魔道具の回収漏れと放置品の確認』。ざっくり言えば、後始末の確認作業ね」
「後始末……ですか?」
アランが首をかしげる。
「ええ。遺跡調査はもう終わってるんだけど、一応“念のため”ってやつ。保管倉庫や保護区画の確認と、現地係員との照合作業もあるわ」
リィナが眉をひそめる。
「ふーん。なんか、めちゃくちゃ地味なんだけど」
「雑用寄りではあるけど、支部長から“信頼できる若手に任せたい”って。……あなたたちに、ギルマスが用意してくれたのよ」
「ギルドマスターが……!」
「まあ、信頼って言うか“よく働かせやすい”って意味じゃ……」
レオンが低く呟いたが、リゼットは聞こえなかったふりで続けた。
「ギルドとしても問題ないとは思ってるけど、一応形式的に通しておきたいの。だから肩肘張らずに、しっかり確認してきて。報酬は金貨十枚、宿代・補給費も支給。破格でしょ?ちょっとは気を抜いて楽しんできなさい。」
「ふーん。じゃあ本当に確認だけってわけね?」
「ええ、“何もなければ”作業自体は半日で終わるくらいの仕事よ。――“何もなければ”ね?」
リゼットは最後に少しだけ意味深に笑った。
「……その笑い方、やめてくださいよ……」
アランがうめいた。
「はいはい、じゃあ以上。行く前に荷物点検しなさいね。……あと、無茶は禁止よ?」
念を押すように言うと、リゼットは帳簿に視線を戻した。
「……楽な仕事だなー、本当にご褒美じゃない。金貨10枚は破格ね。」
任務票を読み終えたリィナが、まぶたを軽く伏せるようにして言った。
「今から行くか?」
アランがすぐに前のめりになる。だが、予想通りレオンが手を挙げて止めた。
「待て。少しは学べ。帰ってきたばかりなんだ。ちょっとくらい休め」
「ですよねー」
「それに、せっかく王都に来たのに。そのまま遺跡戻るなんて、つまらなすぎるでしょ」
リィナがくるりと踵を返し、アランの袖をつまんだ。
「案内してよ。市場とか、美味しいごはん屋とかさ。ね?」
「え、俺? 俺ってそんなに詳しく――」
「アランは“しんじつ亭”と“鍛冶屋”と“訓練場”しか知らないからな」
レオンの鋭いツッコミに、周囲から再び笑い声が漏れる。
「ぐぬぬ……」
「じゃ、決まりね! 今日は観光! 任務は明日で!」