表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/181

第72話 魔導市の1日

ラトール北区、魔導市。

石畳の中央通りには、色とりどりのテントや屋台が立ち並んでいた。


通りを埋め尽くす人々のざわめきは、戦いの記憶を少しだけ遠くへ押しやってくれるようだった。


「うわあ!すごい人だな!薬品の匂いに混じって、美味しそうな菓子の匂いもするぞ!」


アランは大きな革袋を抱え、きょろきょろと周囲を見渡した。


その隣で、リィナが小さく笑う。

「この時期は年に一度の魔導市だからね。みんな、商機を逃さないんだよ。おすすめのお菓子は錬金クッキーよ、ランダムで色んな味があるの。」


「あっほら見て、アラン! あっちに金馬騎士団の旗が立ってる!」


ティナが指を伸ばした先には、仮設舞台があった。


「俺は金馬騎士団か、フィオナさんに少しでも近づけたのだろうか。」


アランは自分の力不足を感じたあの日、多少は強くなれたと信じたかった


金馬騎士団――

王都でも名高い実力派の騎士団で、このラトールでも活動拠点を持つ。


剣技の演武や討伐の武勲の再現劇が披露され、観客が湧き立っていた。


「演劇とは言え、動きは本物だな。」

レオンが珍しく目を輝かせる。


その横で、ドランは豪快に笑った。

「ははっ、こいつは愉快だな! 討伐の劇だと? 本物の戦場よりずっときれいだ」


「ま、演武は演武よ」

リィナが肩をすくめるが、その頬もどこか緩んでいた。


演武が終わると、白い仮設テントにひとりの中年の錬金術師が現れた。


白衣を翻しながら、大きな瓶を掲げる。


「みなさま、お集まりいただき感謝いたします! このたび、無事に救出され――」


「おかえりなさい、先生ー!」


どこからともなく歓声があがる。


街で攫われていた錬金術師。


アラン達が潜伏組織の拠点を急襲し、救出に成功した。


「本当に……良かった」

リィナはその姿を見つめながら、少しだけ表情を柔らげる。


感情が、また胸を刺しかけたが

隣からティナがそっと袖を引いた。


「ねえリィナ、あっちに甘い菓子を売ってる屋台があるの。行こう?」


「うん、行こうか」


ふと視線を上げると、アランがこちらを見ていた。

いつもと変わらない、真っ直ぐな目。


戦いも、過去も、全部を知った上で向けてくれるまなざし。

それが、何より救いだった。


「おいアラン! 試しにこの魔導具を買ってみようぜ」

ドランが鍛冶屋の屋台で、ごつい小型の魔力炉を抱えていた。


「それ、絶対値段ヤバいだろ。」

アランが顔を引きつらせる。


「何言ってる! 男のロマンだぞ!」


「また無駄遣いだ、アラン!やめときなさいよー」

リィナが呆れた声を出し、ティナはくすくす笑った。


レオンがその横で、新刊の魔導書をじっと見つめていた。

分厚い背表紙に、金の箔押し文字が光る。


「これ、ずっと探してたやつだ」


「買えばいいじゃないか。戦利品の分配金、入ったばかりだろ?」


アランが言うと、レオンは少し目を伏せた。

「まだ、使いこなせてない魔法もあるかなら。」


「探してたならいいじゃないか。欲しいなら買えよ。あとで後悔するくらいなら」


「後で、後悔するくらいなら、か。 そうするか。」


通りの喧噪は絶えない。

人々が行き交い、歌声が響く。


討伐の再現劇の旗が、遠くでひるがえる。


攫われた錬金術師が、集まった人々に笑顔で頭を下げていた。


(守るって、こういうことなのかな)

アランは心の中で、ゆっくり呟いた。


「なあ、みんな」


振り返る。

「今日は……楽しもうぜ」


リィナも、レオンも、ティナも、ドランも。

それぞれに違う理由で、ゆっくりと頷いた。


「ねぇ、アラン……これ、あげる。また私、迷惑かけちゃったから。」


ティナがそっと差し出したのは、虎の彫刻が施された木製の腕輪だった。目には小さなエメラルドがはめ込まれている。


「気にするなって、前にも言っただろ。ティナが悪いわけじゃない。」


アランが軽くため息をつきながらも、優しい声で言う。


「いいから! 素直に受け取りなさいよ!」


ティナが少し顔を赤くしながら強めに言い返す。どうやらこの腕輪には、彼女が覚えたての付与魔法が施されているらしい。魔力の回復を早める効果があるという。


アランは押し切られるようにして腕輪を受け取り、左手にはめてみた。


「……これ、いいな。腕から力が湧いてくる気がする。ありがとう、ティナ。」



陽の傾きかけた魔導市。

あの戦いで失いかけた温かさが、ほんの少し、戻ってくる気がした。


王城の西翼、政務執務室。

重厚な黒曜石の扉を閉ざすと、外の気配は一切遮断された。


祭壇を模した机の上には、古びた魔導書と褪せた王家の系譜書が並んでいる。


ゼグラート=ローデスは椅子に深く身を預けた。


白髪混じりの髪が蝋燭の灯に照らされ、眼鏡の奥の瞳にわずかな光が宿る。


「……王族の血は、あまりにも長く淀んだ」


静かな独白が、冷たい空気に溶ける。


「愚かな理想に縋るだけの家系が、どれだけ国を腐らせたか。正義を語る亡霊たちが、どれだけ民を惑わせてきたか……」


そっと魔導書を閉じ、指先で封蝋を割る。

一通の書簡が取り出された。


銀蛇騎士団の紋章――

彼らはゼグラートにとって、裏の手駒にすぎない。


「秩序の刷新は、痛みを伴うものだ。だが……」


瞼を閉じる。

優しげに微笑んだ口元の裏に、氷の刃が潜む。


「いずれ理解するだろう。すべては民のため。真に平等な国を築くために――王家は粛清されねばならぬ」


彼は立ち上がり、机の奥に隠された魔導の祭壇へ向かった。

床には緻密な土と闇の複合魔術陣が刻まれている。

この国の歴史にも刻まれぬ、禁忌の幻術――


「騎士団との連絡は怠るな。王弟には、予定通り“神聖血統の交代”を進言する」


背後にひざまずく秘書官が短く頷く。


「はっ。……しかし、いま一部の冒険者たちが組織の残党を討伐しており、情報が漏洩する恐れが」


「かまわん」


ゼグラートの声はひどく穏やかだった。

まるで老いた教師が子供を諭すように。


「若き血はいつも理想に酔う。だが、理想は現実の泥に膝をつけねばならん。……やがて彼らも、私の手の中に落ちる」


魔導陣が淡く紫黒に光り始める。

土と闇の混合魔力が空気を押し返し、結界の膜が城の奥に滲んでいく。


「必要ならば、幻術で真実を塗り替えよう。彼らの行動は、この“改革”を正当化する絶好の口実となる」


蝋燭の炎が揺れるたび、眼鏡の奥の瞳は深い井戸のように澱んでいた。


「――すべては、王国の未来のためだ」


祈るように、微笑む。


けれど、その祈りに宿るのは慈悲ではない。

一切の情を排した、冷徹な支配欲だけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ