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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第2章 魔道具職人の街と仮面の組織 ラトール編

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第69話 地固まる

朝の光が、破れかけのカーテン越しに差し込んでいた。

鳥の声が遠くで響いている。


アランはゆっくりと目を開け、瞬きをした。


――妙に静かだ。

嫌な予感がして、上体を起こした。


その拍子に、胸の奥から鈍い痛みがせり上がってくる。


腹が重い。頭も割れそうに痛む。

(……後遺症か……)


それでも、壁際に視線を走らせる。

リィナの荷物が、影も形もなかった。


「……いない……?」


呻くように呟いたとき、ドアが乱暴に開いた。


「……やっぱりか」


レオンが、溜め息とともに言った。


「朝一で確認したが、もうどこにもいない。痕跡を消していったな」


「……あの、バカが……何を勘違いしてやがる……!」

レオンのこめかみに血管が浮いている。


「早く……探さないと。このまま、どっか行っちまう」

アランは立ち上がろうとしたが、膝ががくりと折れた。


「無理をするな。お前は後遺症が――」


「仲間にするって決めたんだ……!」

声を張った勢いで、視界がぐらついた。


それでも、ふらつきながら階段を降りる。

レオンは何も言わず、後に続いた。



石畳の大通り。


朝市の人波の向こうに、リィナはいた。


小さな荷物を背に、俯いたまま歩いている。


「これでいいの。」


小さく唇が動いていた。



「私なんか、最初からいなかったことにすればいいんだわ」



「リィナ!どこ行くんだよ」


かすれた声が、朝の喧騒を切り裂いた。


リィナはゆっくりと足を止めた。


胸の奥に、ひどく痛いものが突き刺さる。

振り返るのが怖かった。


それでも、どうしようもなく、振り返ってしまった。

アランがいた。



顔色は悪く、息を切らし、体を支えるように膝に手をついていた。



それでも、まっすぐに彼女を見ていた。



必死に、目を逸らさずに。



「いまさら、どこに行こうとしてんだよ。俺たちは、もう、”仲間”だろ。」



「帰ろうぜ、夜明け亭に」


リィナの喉が詰まった。


小さな声さえ、すぐには出なかった。


胸の奥が熱くなる。

痛いくらいに、苦しいくらいに。


「……っ……」

気づくと、視界が滲んでいた。


頬を伝ったのは、ずっと奥に押し込めていた涙だった。



「……そんな言葉……ずるいよ……」



声が震えた。


震えながら、それでも笑った。


「帰るって……言ってもいいのかな……」


言いながら、心の底でずっと願っていたことに気づく。


本当は、ずっと、居場所を探していた。


誰かに「帰ってこい」って言ってほしかった。

帰る場所が欲しかった。独りでいるのが怖かった。



「ああ……当たり前だ」



その一言に、胸の奥で何かがほどけた。


アランが差し出した手は、大きくて、温そうで

涙が溢れそうになるくらい、優しかった。


震える指先を伸ばす。


たった一歩が、とても遠かった。

それでも、踏み出した。


指先が触れた瞬間、胸の奥に溜めていたものが堰を切ったようにあふれ出す。


涙が頬を伝い、ぽろぽろとこぼれ落ちた。

もう、堪えられなかった。


「……ただいま。」


小さく震えながら、でも確かに言葉にした。

溢れるものを止める気も、もうなかった。


泣きながら、その手をぎゅっと握った。

もう離さないと、心の底で決めた。


この手は、私の帰る場所なんだと、ようやく信じられたから。


「おかえり。」


アランがゆっくりと笑った。


声も息もかすれていて、それでも温かかった。


「なぁ、リィナ、情けないんだけど……肩、貸してくれるか?」



リィナは涙をぬぐい、泣き笑いの顔でうなずいた。

そして、その手をもっと強く握り返した。


夜明け亭に戻ったあと、少しだけ落ち着いた空気が流れた。


リィナは椅子に腰かけたまま、何度も深呼吸をしていた。

「あんたたちってさ……うるさくて、バカで……でも、嫌いじゃないよ」


「……」

アランは苦笑した。


レオンは呆れ顔のまま、そっと目を伏せた。


「ねぇ本当にわたし、一緒にいてもいいの?」

小さく、それでも本音だけで紡ぐ声だった。


「お前がいないと、レオンとの喧嘩が終わらねぇ。」


アランが言った。


「当然だ」

レオンも短く返した。



その一言が、リィナの肩をほっと緩めた。


「ありがとう」


「さて、この後、ギルド行くぞ」

レオンが立ち上がりながら言う。


「ちょっ、俺、寝るわ」

アランが情けない声を漏らした直後、力なく前のめりに倒れ込む。


「アラン!」


「っ全く、無理をするからだ」

椅子にうつ伏せた彼の背に、静かな寝息が落ちる。


後遺症の倦怠が、限界を越えたらしい。


「仕方ない、リィナ、2人で行くぞ。」

レオンは額に手を当て、ため息を吐いた。


「そうね。子犬ちゃんは寝かせてあげましょう。レオン、帰りに果物でも買って帰ろう」


「無駄遣いはしたくないが、仕方ない。」

それでも口元だけは、少し笑っていた。


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