第0話 『その血、災いの種なり』―黒き誓約、風の始まり―
遡ること十年前。
リヴァレス王国には、すでに狂乱の兆しがあった。
冷たい石造りの地下室。
蝋燭の灯りが僅かに揺れ、重苦しい空気が部屋を包んでいる。
広間の奥、黒金の椅子に腰掛けた一人の男が、古びた書簡を手にしながら呟いた。
「……遂に現れたか。“王の器”が」
声の主は、王の実弟にして、“黒き誓約の参謀”と呼ばれる男――カリオン王弟。
その傍らに控える宰相・ゼグラートは、わずかに表情を歪めた。
「例の少年……“彼”に、反応が出ました。
リヴァレスの因子が揺らぎはじめた。──まさしく、オーガストレイとルミヴォークの血が覚醒を始めた証です」
「……皮肉なものだな。国家創立時に“反乱の因子”として封じられたルミヴォークの血が、今また蘇ろうとは」
ゼグラートは黙って頷く。
──この男こそ、かつて国家に抹殺された“ルミヴォーク家”の末裔にして、滅びの血を継ぐ者である。
「“王の血”が腐れば、国家も腐る。
我らはただ、正しき血脈を取り戻すだけのこと」
「陛下の容態も長くは保たない。……時は満ちつつある」
カリオンは静かに立ち上がり、宰相に命じた。
「魔導組織“コルヴォファクト”をこちらへ引き込め。
銀蛇騎士団には、例の作戦の準備を。
──そして、“裏ギルド”に命じろ。“例の少年”を監視せよ」
「……了解しました。芽が出れば?」
「摘み取れ」
──蝋燭の炎が、一瞬だけ激しく揺れた。
ゼグラートは一礼し、闇の中へと消えていく。
その背後で、王弟は独りごちるように呟いた。
「忌まわしき、光の因子よ。
この国を腐らせたのは、お前たち“選ばれし血統”そのものだ」
「ゆえに、我らこそが新たな時代を築こう。
魔導と統制による、完全なる秩序の王国を――」
──そして、その風は、静かに吹き始めた。
時を同じくして――
王都リュミエールの郊外、小高い丘の上。
そこは、王都を一望できる風の通り道。
草原をなでる風が、少年たちの髪を揺らしていた。
「アラン、今でも騎士になりたいの?」
風の中で問いかけたのは、アランの双子の弟――アレンだった。
二人の容姿はよく似ていたが、瞳の色だけが違っていた。
兄・アランは金の瞳。弟・アレンは銀の瞳。
草の上に寝転んで空を見上げていたアランが、顔を横に向けて笑う。
「ああ、なるよ。父さんみたいな立派な騎士になって、国を守るんだ!」
「ふーん……やっぱりね」
「オレがこの国を守るから、アレンは自由に旅していいぞ!冒険者になれよ!」
そう言って、アランは笑顔のまま拳を差し出す。
アレンも微笑み返して、それに拳を重ねた。
「じゃあ、約束だよ。お互い、夢を叶えるって」
その瞬間、風が強く吹いた。
小さな銀の羽根が空に舞い、ふたりの頭上をくるくると回った。
──けれどその約束は、
やがて二人を、決して交わることのない運命へと導くことになる。
それはまだ、彼らが知る由もない未来の話だった。
そして10年後――
再び、王城地下。
「…消息不明だった。オーガストレイの子息の足取りが掴めました。」
宰相ゼグラートの執務室では、黒衣の影がひとり、静かに膝をついていた。
「……やはり、生きていたか。ついに血が目を覚ましたな」
「因子が本能を呼び起こす。面倒な話だ……」
ゼグラートの声音には、警戒と苛立ちが混ざっていた。
「ギルドには、すでに内通者を配備済みです。行動の掌握は、即時可能」
「……ならば結構。芽が出る前に摘めるよう、準備しておけ」
「さて、準備は整いつつある。よろしいでしょうか、カリオン様?」
宰相が尋ねると、王弟カリオンはゆっくりとうなずいた。
「構わん。始めろ。──“国家の歯車”を、壊してしまえ」
黒衣の影が立ち上がり、気配もなく部屋を後にする。
静寂の中、王弟は立ち上がり、石壁に掲げられた一枚の古文書に視線を落とした。
そこにはかつて存在した、禁忌の家系“ルミヴォーク家”の紋章が刻まれていた。
「忌まわしき“選択の因子”……あれが存在する限り、この国に未来はない」
「我らが築くのは、選択も自由もない、完全なる統制の王国だ」
「……そしてアランという名の少年が、その最後の鍵となる」
ゼグラートが応じる。
「王弟殿、その覚醒が“神性”に傾くのか、堕ちるのか――
いずれにせよ、この国の命運は、その手の中にあるでしょうな」
そのとき、石壁をなでるように風の音が鳴った。
外では、夜の風が王都を吹き抜けていく。
──だがまだ誰も知らない。
その風こそが、いずれ“嵐”となって、王国を根本から揺るがすことを。
そしてその中心には、一人の少年の名が記されていた。
──アラン・オーガストレイ。
読んでいただきありがとうございます。
これから始まるアランの物語
0話を追加させていただきます!
ブックマーク、感想を増やしたいと考えて書いて見ました。
長くなると思いますが、よろしくお願いします。