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異世界恋愛系(短編)

殿下、私の身体だけが目当てなんですね!

「殿下! ぜひ私とサタデー・ナイト・フィーバーいたしましょう!」

「黙れ痴女。わけのわからんことを言っていないで、仕事が終わったのならさっさと神殿に戻って祈りを捧げんか!」

「痴女じゃありません、聖女ですう」


 るんたったと侍女服姿の少女が王太子の元に駆けよってきた。先ほどまで掃除をしていたのだろう、三角巾にエプロン、両手には軍手をつけている。本人が「聖女」だと主張したところで、まったく聖女には見えない。だが彼女が聖女であることを、大変残念なことに王太子はよく知っていた。


「殿下がセクシーポーズを見せてくれたら、私もっと頑張れます。さささ、ここでちらっと流し目をしつつ、脇腹を見せてください」

「誰が見せるか!」

「別に減るものじゃなし、腹筋のひとつやふたつ、見せてくれたっていいじゃありませんか!」

「駄目だ」


 なおも食い下がる聖女の要望を、王太子が一刀両断する。相手が聖女でなければ、物理的に一刀両断していたに違いない。聖女の後ろと王太子の後ろでは、護衛と側近たちが青い顔でおろおろとしていた。


「殿下ったら本当にケチですね。じゃあ、マントばさあって翻して見返り美人やってください」

「おい、誰か不敬罪でこいつを連れていけ」

「鬼、悪魔、横暴だあああああ」

「お前の色狂いのほうこそ悪魔的ではないか。きりきり働け、『片付け』の聖女」

「きいいい、そんなこと言っていると悪魔に寝首をかかれますよ!」

「勝手に言ってろ」


 申し訳なさそうに聖女を引きずっていく護衛たち。どうしてアレが聖女なのだ。せっかく王城まで来たんだから、うなじくらい見せて!と破廉恥な戯言をわめき続ける聖女の後ろ姿を眺めながら、王太子は痛む額をそっと押さえた。



 ***



 アンネマリーは聖女だ。この国ではごくたまに、神々の加護を持った人間が生まれてくる。彼らは神殿に入り、聖人、聖女として国家の安寧のために働くのだ。そのため基本的に、聖人や聖女は大変尊敬されており、王族とも対等の地位にいるのである。


 だが、もちろんこれはあくまで基本的な話。高位貴族の聖人・聖女と、平民の聖人・聖女では周囲の反応は異なる上、聖人・聖女同士の争いなど日常茶飯事なのだった。


 さらに言うなら、与えられる加護の内容でもその扱いは変わってくる。そして、アンネマリーに与えられた加護は、「片付け」だ。「治癒」でも「結界」でも「武運」でもなく、「片付け」。なんだそれ、と神官たちが首を傾げたのは有名な話である。


 ちなみに加護自体は確かにあるらしく、汚城やら魔王城やらの呼び声も高かったとある地方の古城をあっという間にぴかぴかにしたこともあるし、雪崩を起こしそうだった魔術塔の各魔術師たちの汚部屋を、研究成果に影響が出ないようにしつつ整理整頓したこともある。ちょっとばかり加護の名前が格好良くないというだけで、便利な加護ではあるのだ。


 だが辺境から来た地味な容姿の聖女で、加護は「片付け」。もともと馬鹿にされそうな要素が満載だというのに、恥ずかしげもなく王太子に声をかける姿から、王都の高位貴族出身の聖女たちからは大層嫌われていた。聖女はみな等しく王族の婚約者候補とみなされているからこそ、聖女同士の争いは激しいのだ。


「あら、『片付け』の聖女さま。今日はもうお城でのお仕事は終了かしら?」

「ええ、『治癒』の聖女さま。薬草保管庫はすっきり整理整頓できましたわ。医務室の在庫整理もできましたので、『治癒』の聖女さまのお付きの薬師の皆さまにも、お喜びいただけるかと思います」


 ちなみに今日のお仕事は、嫌がらせのように薬草がぐっちゃぐちゃに入り混じっていた薬草保管庫の片づけだった。「治癒」の聖女は性格が悪いので、「治癒」の聖女への嫌がらせで保管庫内が荒らされていたのか、「治癒」の聖女が被害者アピールをするために保管庫内を身内に荒らさせたのか。その辺りはよくわからないし、興味もない。「片付け」の聖女は、どんな時でも粛々と片付けに勤しむだけなのだ。深々と頭を下げるアンネマリーを「治癒」の聖女がにらみつける。


「あれだけ乱雑になっていたのに、本当に仕分けできたの? あなたが間違っていたせいで、薬作りが失敗して、病人や怪我人に何かあったらどうするおつもり?」

「問題ないですわ! 加護は精霊王さまが与えてくださった特別なもの。いくらぱっと見ショボいとはいえ、加護持ちの私が『片付け』で失敗することなどありません。そして、『治癒』の聖女さまの薬師さまが薬作りに失敗することもありません。ですよね?」


 アンネマリーはにこにこと、「治癒」の聖女ご一行に笑いかける。本当に心から精霊王の力と加護を信じているのがよくわかる、底抜けに明るい――だがしかし王都のご令嬢たちからはバカっぽいと評される――笑み。けれど、彼女の発言は無邪気だからこそ「治癒」の聖女を黙らせた。


 令嬢バトルあるいはマウント合戦のごとき、「もし万が一薬作りで何かあっても、てめえんとこの加護なしの薬師がポカやっただけだかんな。こっちに責任転嫁すんなよ、わかったかボケ」という副音声を聞き取ってしまったのだ。田舎貴族のへっぽこ聖女が、そんな当て擦りを言えるものか? 「治癒」の聖女は首を傾げる。


「え、あなた、今、なんと?」

「あ、『治癒』の聖女さま、私、めっちゃお手洗いに行きたくて。すみません、次はお腹がすっきりしている時に、たくさんおしゃべりしましょうね!」

「なんて、はしたない! さっさとその口を閉じて立ち去りなさい!」

「すみませ~ん。それじゃあまた!」


 すったかたかと「片付け」の聖女は、軽やかに走り抜ける。もちろん腹痛とは無縁で、鋼鉄の胃袋を持つアンネマリーは、神殿の自室で蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキをおやつに食べて英気を養ったのだった。



 ***



 聖女アンネマリーの朝は早い。墓地の草むしりを命じられていたアンネマリーは、加護の力を使って、辺りを綺麗に整備していた。イラクサは小さな棘がたくさんあるが、「片付け」の加護を使えば、さくっと伸びすぎた分を刈り入れすることができるのだ。


「きゃー、殿下。こんなところでお会いするなんて、私たちきっと運命なんですね!」

「朝早くから墓地からきらきらしい声が聞こえると苦情があった。近所迷惑だ、止めろ」


 王太子の叱責に唇を尖らせつつ、アンネマリーはせっせと加護を発動させる。するするとイラクサが自ら身を任せるように刈り取られていく様は、美しさすらあった。作業を行っている聖女はと言えば、お腹の虫を大音量で鳴かせながらよだれを垂らしていたが。


「これ、天ぷらにしても美味しいんですよね。あー、でも、おひたしのほうが健康的かも?」

「墓地のイラクサを食べるんじゃない。異端審問で魔女判定されて、火あぶりになっても知らんぞ」

「わかってますって。かつて飢饉のときに、とある聖女さまが墓地のイラクサを食用として振舞って、えらい目にあったことがあるって聞きましたもん。美味しそうだなあ、勿体ないなあと思っているだけですよ」

「口に出すな」

「殿下の前でしか言わないからいいじゃないですかあ」

「俺の前で言うということは、俺の護衛や側近に伝わるということだが?」

「じゃあ、私の『おいしそうだなあ』発言がどこかから漏れたら、殿下の責任ってことで」

「いい加減、その減らず口を縫い留めてやろうか?」

「やーん、殿下ったら怒ったお顔もセクシーで素敵ですう。殿下のおかげで、とっても元気になりました。やはり殿下の御尊顔は、最高の栄養剤ですね!」


 作業を終了させてうきうきと小躍りするアンネマリーは、王太子の手を取ると軽やかにターンを決めてみせた。


「まったく、墓地でにこにこ楽しそうに過ごすのは、お前くらいだ」

「でもここ、鬱陶しい人間は少なくて楽なんですよ。おしゃべりなひとはかなり多いですが」

「……なんだ、その絶妙に気になる間は。いや、話さなくていい。むしろ話すな」

「もう、殿下ったら怖がりさんなんだから♡ この辺りの皆さん、結構情報通なんですよ。相談にも乗ってくれますし。殿下も何か相談してみます?」

「……箇条書きで教えてくれ」

「挿絵付きで説明したいです! あ、この下にいらっしゃる方の鎧が超カッコ良くて」

「断る!」


 王太子は聖女の隣に座り込むと、深いため息をついた。


「お前を見ていると、自分がアホみたいに思えてくる」

「ふーん、殿下、悩みごとですか?」

「お前は悩みごとがなさそうで羨ましいな」

「えー、私にだって悩みごとはありますよ」

「例えば?」

「好きぴがファンサしてくれないとか」

「お前は何を言っているのか、さっぱりわからん」


 うろんな眼差しを向ける王太子に、聖女がウインクをする。下手くそなウインクだったので、顔半分がしわくちゃだった。


「あー、ファンサっていうのはファンサービスの略語ですよ。私の故郷は、かつての勇者さまが暮らした場所なので、わりといろんなところに勇者さまの故郷の言葉がそのまま残っているんですよね」

「そういう問題ではない。……いや、そういう問題の部分もあるが。そうか、お前のよくわからない言葉は、勇者殿の故郷の言葉なのか」

「らしいですよ。どうやっても言い替えが難しいなら、そのまんま定着させちゃえってなったみたいですね」

「豪快というか、おおらかというか」

「なんも考えてねーアホだなって言ってもいいんですよ?」

「言うか、ボケ」

「殿下、私に対してマジでキツくないですか?」

「丁寧に対応してほしかったら、丁寧に対応されるような口の利き方をするんだな」

「じゃあ別にいいです~」

「少しは考慮せんか」

「えー、無理~」

「お前は!」


 王太子の眉間を指でつんとつつきながら、アンネマリーはにこりと笑った。


「それで、殿下の悩みごとは?」

「なんだ、この話は続きがあるのか?」

「そりゃそうですよ」

「……時々、腹芸が嫌になる。王族なのだから、清濁併せのまねばならないのはわかっているのに、全部ひっくり返してやりたくなる」

「じゃあ、素直に生きましょうよ。私みたいに♡」

「お前のように生きてたまるか」

「いやあ、底辺は底辺なりに楽しいんですよ。無駄に目立つと面倒くさいんで、能ある鷹は爪を隠しておけばいいんです」

「爪を隠したまま、爪があることを忘れて一生を過ごす羽目になっても知らんぞ」

「まあ、それはそれで幸せなんじゃないですかねえ」

「本当に、お前は」

「あ、また悪口ですか? もう、どうせ悪口を言うなら、皮肉で構わないんで『そんな(バカな)君が好きだよ』くらい言ってくださいよ。適宜脳内変換させますので」

「誰が言うか!」

「ちぇっ。殿下、やっぱりケチ~。他の聖女さまたちみたいに、リップサービスしてほしいいいいいいい。義理でいいからレディみたいに扱ってほしい~。よしよしして、抱っこしてほしい~」

「ええい、じたばたするな。子どもか!」

「子どもだったらよしよししてくれるんですか!」

「馬鹿が」

「あー、もういいです。超やる気なくなったので、私は今から不貞寝します。殿下もここでお昼寝しても構いませんよ。その代わり、私がここでのんびりタイムを過ごしていることは内緒でお願いします!」


 勝手にぐうぐうと寝始めた聖女の横であっけにとられていた王太子だったが、おずおずと横になった。久しぶりにぐっすりと眠りについたせいで気が付いた時にはお日さまはすっかり昇ってしまっていて、ふたり同時に顔を青ざめさせることになる。


 さらにその後、朝食を食べ損ねたあげく、どうしてもイラクサが食べたくなった「片付け」の聖女は、「治癒」の聖女に薬草園のイラクサを天ぷらにして食べたいと馬鹿正直にねだりに行ったせいでこっぴどく叱られることになったのだった。



 ***



 聖女たち同士でこっそりドンパチやっていたものの、それなりに平和にすごしていたある日。その日はやってきた。


「あちゃー、こうなっちゃいましたか」

「おい、これはどういうことだ」


 王太子の誕生日パーティーで、誰がファーストダンスの相手をつとめるのかを「治癒」の聖女と、「結界」の聖女と、「武運」の聖女で揉めた結果、決闘が始まってしまったのである。聖女同士の力のぶつけ合い、そして会場の別の場所では、それぞれの一族による乱闘も発生していた。


「聖女というのは、誰かを想う気持ちが強い加護を発動させるんです。だからその分、想いが叶わないと闇落ちしちゃうみたいで。あ、ちなみに闇落ちした元聖女の成れの果てが魔王さまです」

「加護どころか呪いではないか。諸刃の剣すぎる。なぜにそのような大事なことが王族に伝わっておらんのだ」

「定期的に伝えるらしいですけれど、定期的にその情報が失われるらしいですよ」

「馬鹿が」

「この場合、お馬鹿さんなのはすぐに忘れちゃう王族ですね。もしくは、無節操に加護を大盤振る舞いする神々かも」

「……そうだな」


 普段なら「不敬だぞ」と怒鳴る王太子だが、今回はぐうの音も出ないらしい。三人の聖女たちのドンパチがさらに激しくなってきた。ぐらぐらと城が揺れる。結界の聖女がその力を反転させたなら、城が崩壊するのも時間の問題かもしれない。


「殿下、このまま彼女たちのことを放置するつもりですか?」

「馬鹿か! 放置できるわけないだろうが!」

「殿下は、立っている者は親でも使うとよくおっしゃっていたので、聖女が闇落ちしようが手駒として利用するのかな~と」

「そこまで己の能力を過信しておらんわ!」

「だったら、婚約者を早く決めていればよかったじゃないですか? 聖女たちの力を王家のために使うために、婚約者候補全員に気のある素振りなんか見せてるからこんなことになるんですよ。あ、私には超絶冷たかったですけどね。酷い! この女たらし!」

「お前、俺がどういう思いで理想の王子サマをやっているか、少しは慮れ!」

「ええええ、無理ですう。殿下、私には塩対応だし~。もう、私も闇落ちしちゃおうかな~」

「勘弁してくれ」


 疲れたように床にへたりこんだ王太子に向かって、アンネマリーは手を差し出した。


「殿下、彼女たちを止めますよ。ただし、その後に発生するもろもろの事象に対して一切の苦情は受け付けません!」

「……お前、あいつらを止めるとか、恐ろしくないのか。加護の力はあいつらの方が上だろう? 馬鹿は危険を感知する機能も失ってしまったのか」

「本当に殿下は失礼ですね。何を失っても好きぴを守ろうと思うくらいには、私はちゃんと聖女ですよ!」

「そうか。ならば、お前は下がっていろ。数分はなんとかもたせる。その間に逃げてくれ。お前の身体の丈夫さなら、バルコニーから落ちても死にはしない」

「殿下、カッコいいのに超失礼! 素直にときめけない心が切なくて、吐血しそう! でも好き! 殿下、愛してる!」

「はっ、俺もお前のことが嫌いじゃなかったよ」

「もう、最後まで素直じゃないんだから♡ でも、いいですよ。萌えの力が十分チャージできましたから」

「は?」

「それじゃあ、いきますよ~。魔法少女アンネマリーちゃんのスペシャル必殺技、『全部まとめてお片付け』だぞ!」


 そして王太子は信じられないものを目の当たりにすることになる。突然見たこともないふりふりの愛らしいミニスカドレスでキメポーズをしつつ、世界を再構築していく「片付け」の聖女の姿を。さらにすべてが元通りになった王城で、何事もなかったかのようにパーティーを楽しむ人々を。


 けれど、全部が元通りでないことにすぐに気が付いた。「治癒」の聖女も、「結界」の聖女も、「武運」の聖女もその加護を失っており、その上、誰もがそのことに疑問を持ってはいなかったのだ。



 ***



「おい、説明しろ」

「ああ、この格好ヤバいですよね。でもローブの下は例のあのどえらい衣装なので。ええ、似合わないことはわかっているのです。でも、あの極大魔法を発動させると強制的にしばらくこの格好なんですよ」


 パーティーが終わった王城の庭で、ローブをかぶった「片付け」の聖女が不満そうにむすくれていた。彼女の懐から、もふっとした謎のまるっこい生き物が顔をのぞかせる。


「だから奥義など使わずに、さっさとこの城ごと焼き尽くせばよかったのだ」

「なんだ、この物騒な発言をするもふもふとした生き物は!」

「あら、殿下。魔法少女にはかわいいマスコットキャラが必須なのですよ」

「マスコットキャラが何かは知らんが、かわいいと形容されるものは、『焼き尽くす』などという物騒な言葉は口にせんだろうが」

「えー、最高神さま、なんかめっちゃ厳しいこと言われてますよ。どうします?」

「ふむ、困ったものだ」

「おい、そのもふもふの中身が最高神だと!」

「あ、いっけない。こういうのは我が家の家訓いわくネタバレになるから、言っちゃだめでしたね。最高神さま、あとから殿下の記憶を『片付け』ておいてください」

「待て待て待て。だから、ちゃんといろいろ説明しろ」


 そこで「片付け」の聖女が語って聞かせたのは、壮大なようでどうにもへっぽこなこの世界の神さまのお話だった。


 世界的にバランスよく加護を与えればよいものを、「なんとなくここが好き」という理由でこの王国ばかりにバラまいてしまう。そのせいで、たびたび大陸中を巻き込む争いが発生しているのだとか。


 ときには加護を悪用して大陸中を手中におさめようとする王族が出てくることもあり、闇落ち聖女やら世界征服願望王族を潰すために動いているのが、異世界の勇者の末裔たちなのだという。


「どうして異世界の勇者が、そんな大層な役割を担うことになったのだ?」

「さあ? 勇者さまの故郷では、『闇落ちする魔法少女』とやらがわりとよく見られたそうで、その辺りが理由かもしれませんね。なにせ加護は、イメージの力が強いほど強固になるそうなので」

「だからなんなのだ、その魔法少女というのは?」

「こういうふりふりの格好をしたいたいけな聖女のことを言うそうですよ。このヤバい格好になっても大切なひとを助けたいと思えるなら、力をふるうことができるみたいです」

「まさか、勇者の末裔は聖人もそれを着るのか?」

「男性の場合も希望すれば着られるみたいです。父は、聖衣クロスというものを希望したそうですが」

「やはり何もわからぬ」


 盛大に困惑する王太子の顔を、くすくすと満足げにアンネマリーは見つめた。


「それで、これからどうするつもりだ」

「『片付け』の聖女の極大魔法を発動させて、加護の回収と記憶の改ざんを行いましたからね。私は故郷に帰ります」

「恩人を追い出すような真似はしない」

「そもそも、魔法少女として活動しているところを見られたら、『片付け』の聖女としての力も失ってしまうのです。殿下のお役にはもう立てそうもございません。どうぞ故郷へ戻ることをお許しください」


 今まで王太子に対してもぞんざいな口調だったのは、『片付け』の聖女だったから。力を失った状態では、貴族の令嬢として礼を尽くすのみだ。だが、そんな彼女のことを王太子がぎゅっと抱きしめた。


「こちらを夢中にさせておきながら、お前は俺を捨てると?」

「へ?」

「お前がいなくなるなど許さない」

「いや、殿下。それ、超わがままじゃないですか? 聖女という理由もなしに、田舎貴族の令嬢をそばに留め置いちゃダメですよ」


 つい素の口調でツッコミを入れたところで、王太子がにやりと笑う。


「まったく不敬な女だ。しっかりと躾けてやろう」

「はわわあわわわ」

「急にどうした」

「いや、だって、なんか台詞が超エロくてですね。なんだか萌えパワーがみなぎってきて……あれ? 聖女としての力が復活しているような」

「回収した加護を与えた神々が、また別の加護をぽこぽこそこらへんに授けたのであろうよ。もしくはお前の桃色妄想が天元突破したのかもしれんな」


 あきれ果てたといいたげなもふもふが、説明しつつ、気だるげにワインをラッパ飲みしていた。後片付け中のパーティ会場から持ち出してきたらしい。可愛らしいが、よく考えると最低な絵面である。


「いや、殿下。それはやっぱりなんというか」

「お前を望んで何が悪い?」

「力目当てですか! 殿下、私の身体だけが目当てなんですね! いくら、特別な力を宿しているからって。いやらしい! スケベ!」

「そうだ。お前の身体目当てだ。好きな女と相思相愛だとわかっているのに、王国の利益のために口に出せず、好きでもない女どもの機嫌をとっていた男の不満がわからないのか?」

「わわわわわわあ、な、なにを言っているのか、意味が」

「意味がわからないのなら、わかるようになるまでじっくり教えてやろう。そもそもお前が聖女の力を取り戻さずとも、逃がす気はなかったからな」

「アンネマリー、この男は『良縁』の加護を持っていた。お前とこいつを結ぶ赤い糸が日に日に太くなって、紐どころか綱になっていくさまはさながらホラーだったぞ。まあ相思相愛なら、かまわんだろ。諦めろ」


 それから引退し損ねた「片付け」の聖女さまは、愛されポンコツ王妃として長く国民に愛された。ときどきとんでもなく個性的なドレスをお召しになるらしい、それは夫君のご趣味らしいという噂をまき散らしながら、大好きな旦那さまのためにせっせと働いたと言われている。

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