ベイクドアップル #魔女集会で会いましょう
おばあちゃんの彼への評価は、散々だった。
「おまえ、魔女見習いとはいえ、それなりに年頃の女の子だろう? なんだって、こんな、みっともないのを拾ってきたんだい」
幼い彼は、私の腕に抱かれ、ぐったりと脱力していた。小さな心臓が小刻みに頼りなく震えているのが私の胸に絶え間なく伝わってきた。
彼は、どうやら赤毛のようだったけれど、頭のそこここから血が流れているので、正確な判断は難しかった。頭の出血とはべつに、顔もひどく腫れ上がっていた。唇はめくれ、頬は赤く爛れて、額から右目にかけて、火かき棒を押し当てられたような筋が見てとれた。
おばあちゃんは、長い杖の先を使って、浅い呼吸でうなだれる彼の顎を持ち上げまじまじと眺めると、改めて呆れ声を出した。
「どこもかしこも真っ赤っかだ。もうすぐ死ぬよ、この子」
「だけど、ヨルスグリの木の下に捨てられていたのよ。私が生まれたときにおばあちゃんが植えた、私の魂の木の下に。これって運命だと思わない?」
「ふん。半人前の魔女が軽々しく運命を口にするもんじゃないよ」
鼻を鳴らして小屋に帰ろうとするおばあちゃんに、血まみれの子どもを抱いた私は、高らかに告げた。
「半人前の見習いだって、魔女は魔女よ。この子は私の運命だわ」
おばあちゃんはギロリと私たちを睨めつけ、憎々しげに言った。
「ああそうかい。あたしは今夜から魔女集会に出かけるから、おまえひとりの力で、おまえの運命とやらを救ってごらん。あたしが戻ってくるまでに、その真っ赤に爛れた焼きりんごみたいな顔がすこしでも見られるものになっていれば、その子がおまえの運命だと認めよう」
すげなく吐き捨て立ち去る背中は、ろくろく薬草も見分けられない見習いの私になど瀕死の子どもを助けるのは不可能と断じている。
いつもの私なら、こんな風におばあちゃんに睨まれたら、なにひとつ言い返せず、おばあちゃんの意向に沿ってこの子を見放しただろう。
しかし、私の心臓は既に、無惨に痛めつけられた彼の心臓とともに拍動し始めていて、その見えない繋がりはもう簡単に断ち切ることができない予感があった。
森の魔女は、己の分身たる「魂の木」の根元に亡骸を正しく埋葬されることで、世の軛から解き放たれる。
つまり、己の後進を育てられなかった魔女は、死後、正しい埋葬が為されないため、魂は森に還れず永久にさまようことになるのだ。
樹齢180年のロバタニレの大木を仰ぎ見て、私は大きく息を吐いた。
「終わったよ、おばあちゃん」
教わった手順を間違えずに、ちゃんとやれたと思う。
この立派なロバタニレはひいおばあちゃんが植えたものだという。
森の魔女の寿命は150年くらいらしいけれど、ひいおばあちゃんはもっと早くに死に、おばあちゃんは、180歳まで生きた。
ひどく苦しむ病でもなく、一昨日の明け方、日の出とともに大往生だった。
「私は何歳まで生きるかわからないけど、死んだ後は、よろしくお願いね、りんご」
二十年前、おばあちゃんに「焼きりんご」と詰られた血だらけの男の子は、今や私をを見下ろすほどの長身で、埋葬に使ったスコップに体重をかけながら、眉根を寄せていた。
「……ただの人間の俺があんたより長生きするとでも?」
「無理、かなあ……」
けれど、彼は私の「魂の木」の下に捨てられていた私の「運命」。
出来の悪い見習い魔女だった私の呪いと薬草で一命を取りとめたのも、やはり「運命」だったからだと私は信じているし、魔女集会から帰ったおばあちゃんが約束どおり彼を認め、家族として受け入れ面倒をみてくれたのも「運命」ゆえなのだと思う。
だから私はどうしてもりんごに、ヨルスグリの木の下に私を埋めてほしかった。
りんごの手でなければ、嫌だった。
「自分の埋葬の話なんか、よせ。まだまだ先の話だろ」
「先の話でも、大事な話だもの」
指で梳けばさらと流れる彼の鮮やかな赤毛に手を伸ばす。
右目の視力だけは、完璧には治せなかったが、爛れて捲れた赤い肌は今や雪のようにきめ細かく、すらりと伸びた手足は、物語に出てくる騎士の絵姿に似ていた。
彼がひとつずつ脱皮をするように美しく成長するたび、「あの焼きりんごが、まさかこうなるとはねえ」と、おばあちゃんは複雑そうに呟いたものだ。
「この世を永久にさまようなんて嫌だわ。りんご、がんばって長生きしてよ。頼めるのはあなたしかいないのよ」
「無茶を言わないでくれ」
さらさらの赤毛を撫でる私の手をつかみ、はあ、とりんごはため息をつく。
「……あんたは昔っから、俺のことを『運命』だ『運命』だと呼び続けてきたけど、あんたの死後の始末をするのが『運命』なのか? そういう意味だったのか?」
彼は私の手を自分の白い喉へと導き、鋭角に突き出た喉仏に触れさせた。
「俺があんたの運命なら、答えはひとつだ。あんたは女の子を生んで、その子が次の魔女になる。俺はその手助けをするためにいるんだ」
「へ?」
指先に触れる喉仏がじんわり熱を帯び、りんごの白い肌が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「だから……! 一人じゃ子どもは生めないだろう!」
生真面目で、素直で、でも態度はぶっきらぼうなりんごの絞り出すような言葉が、ようやく私にしみてきて、その意味を理解するに及ぶと、私の頬もりんごに負けじと熱く、赤く染まった。
「お、女の子が生まれるとは、限らないじゃない?」
わたしの声はかすれていた。
「女の子が生まれるまで頑張ればいい。……と、婆さんは言ってたぞ」
りんごの声も、やっぱりかすれていた。震える喉仏を感じて、そこに触れることを許されている意味をまた改めて、思った。
おばあちゃんたら、私の知らぬ間に何を吹き込んでるのよ。埋葬を終えて、もう文句も言えないタイミングで、こんなのずるいわ。
180年も生きた森の魔女にはやっぱり敵わない。
私たちは真っ赤に染まったまま、大木に一礼し、手を結んで小屋への道を辿る。