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君がいる世界を僕は必ず奪取’する  作者: 粟生深泥
第1章 この世界に足されたもの
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第1'章 この世界に足されたもの⑧

 祖母が作った夕飯を受け取り家を出る。祖母が作ったのはカレーでも肉じゃがでも、それからシチューでもなくて、予想外にポトフだった。トートバッグの中には俺と母親の分の他に、神崎の分のタッパーに詰められたポトフが入っている。


「なんでお前が泣いてるんだよ」


 神崎を送っていけと祖母から言われて歩き出したのはいいものの、少し歩いたところで神崎は瞳からボロボロと涙をこぼして話せるような状態じゃなくなってしまった。

 慰めようにも神崎がなんで泣いているのかわからなくて、ただ神崎が歩き続ける隣を自転車を押していく。


「だって。宮入君、これまですごい大変だったんだなって思ったら……」


 しばらくそんな風に歩いて、ようやく涙が止まったのか神崎がポツリと零す。


「別に言うほどでもないって。時乃とかもいたし」


 幼馴染の時乃は祖父や父さんが亡くなってからも変わらず傍にいてくれた。小学校のころは俺より時乃の方が体も大きかったから、呪いのことでからかってくるようなやつがいたら俺より先に飛び掛かるくらいだったし。

 俺が時乃にしてやれたことなんて数えるくらいしかないはずなのに、時乃はなんだかんだ今だって傍にいてくれる。俺を遠ざける人も少なくないけど、時乃みたいな人は確かにいて。だから、そんなに俺自身の境遇を不幸だとか思ったことはない。


「だけど、じいちゃんと父さんはもう庇ってくれる人もいないから。だからせめて俺が呪いなんてないってこと、証明したいとは思ってる」


 祖父と父さんが亡くなった原因をきちんと突き止めることができれば、呪いで亡くなったなんて不名誉な終わりを塗り替えることが出来るはずだ。でも、こんな田舎の集落で起きた呪いの話なんて誰も真剣に調査はしてくれなくて。だから、自分で調査できるだけの知識と経験が必要だ。


「私も手伝う」


 神崎はゴシゴシと目元を拭うと真っ赤な眼ではっきりと宣言した。泣きはらした顔はグチャグチャだったけど、夕日に照らされたその瞳は今日見た神崎の表情の中で一番綺麗で――心の空白にすっと入り込んできた。


「……ありがとな。でも、今の俺たちじゃできる事なんて限られてるから」


 今はとりあえず勉強して、大学とかその先で専門的な知識を身につけるしかない。遠回りでもそれが一番確実だと思う。だけど、神崎は首を横に振ると自転車を押す俺の手に自分の手を重ねた。


「私、これでも優等生でやってきたんだよ? だから、きっと宮入君の力になれると思う」

「いくら成績が良くても、呪いの調査なんて……」


 途中で思わず口をつぐんでしまう。決意のこもった神崎の瞳に真っすぐと見つめられて、言葉が出なくなってしまう。

 少しだけ、信じてみたくなった。

 呪いのことを気にしないでいてくれるだけじゃなくて、呪いなんてなかったと解き明かそうとしてくれる人を。もしかしたら本当に、何かが変わるのかもしれないと。

 でも、神崎が本当に手伝うつもりなら、伝えておくべき話がある。


「呪いなんて信じないって言いながらだけどさ。俺のじいちゃんや父さんだけじゃなくて、何人も呪いにかかったって記録がこの町には残ってる。深安山の祠から帰ってきてから間もなく昏睡して、殆どは二度と目が覚めない。運良く目覚めても重い後遺症に悩まされ続けたって話だ」


 そういう記録が単に言い伝えだけでなく古文書にも残っている。そう言ったものが積み重なっているからこそ、この辺りでは呪いというものが未だに信じられているわけで。


「神崎だってそんな風にならないとは言い切れない。それでも――」

「怖くないよ。怖くないから、私はここにいる」


 即答どころか俺が言葉を言い終わる前に神崎が答える。俺を見る瞳は全く揺らぐことは無くて、その光に吸い込まれそうになり思わず目を逸らした。何だか胸の奥の方がザワザワとして変な気分になる。


「……わかったよ。じゃあ、よろしく頼む」


 神崎の目を見ないようにしながら手を差し出す。一瞬だけ神崎はきょとんとしたけど、すぐにその手を取ってくれた。ふわりとした手の温もり。そういえば、最後に誰かと握手をしたのはいつだっただろう。祖父と父さんが亡くなって、気がついた頃には俺と触れることさえを躊躇われることも少なくなかった。


「じゃあ、まずは現場を見ないだね! 早速だけど、今度の週末にでもその祠、見に行こうよ!」


 なんかとんでもないことを、神崎はキラキラした目で言い始めた。

 ああ、そういえば。こいつは出会ったばかりの俺にタイムトラベルがどうこう聞いてくるやつだった。握手する手をギュッと握りしめられて、今更逃げ道を失ったことに気づいた俺は神崎の言葉に頷くしかなかった。


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